日本への外国人材受け入れは、少子高齢化による労働力不足を背景に、その重要性を増すばかりです。特に、在留資格「経営・管理」は、外国人が日本で事業を興し、経営に携わることを認めるもので、日本経済の活性化に寄与する側面も持ち合わせています。しかし近年、この在留資格を巡る状況は大きく変化しています。表面上は事業を行っているように見せかけ、実際には活動実態のない「ペーパーカンパニー」を利用した在留資格の取得が増加。これに対し、出入国在留管理庁(以下、入管)は審査基準の厳格化と実地調査の強化を進めています。本稿では、この問題の背景から入管の対策、そして事業の実在性を証明するための攻めと守りの戦略について深く掘り下げていきます。
目次
「ペーパーカンパニー」増加の背景:なぜ実態なき法人が増えたのか
在留資格「経営・管理」の取得には、一定の事業所の確保や投資金額、事業計画の提出などが求められます。これらの要件を満たすことで、外国人は日本で経営者として活動する道が開かれます。しかし、この制度を悪用し、実際に事業を行う意思や能力がないにもかかわらず、在留資格の取得のみを目的として法人を設立するケースが散見されるようになりました。
その背景には、いくつかの要因が考えられます。
- 在留資格取得の「抜け道」としての認識: 一部のブローカーや悪質なコンサルタントが、「経営・管理」ビザが他の就労系ビザに比べて要件が緩い、あるいは取得しやすいと喧伝し、安易な取得を促した側面があります。実際には、他の就労ビザでは専門性や学歴が厳しく問われるのに対し、「経営・管理」では事業計画の蓋然性が重視されるため、一定の知識があれば要件を満たしやすいと誤解された可能性もあります。
- 海外での日本ビザ需要の高まり: 経済成長を遂げた国々では、日本への留学や就労、そして永住への関心が高まっています。その中で、自身の事業を通じて日本に長期滞在できる「経営・管理」ビザは、魅力的な選択肢と映ったことでしょう。
- 情報伝達の不正確さ: 日本の入管制度は複雑であり、海外の申請者にとっては正確な情報を入手することが困難な場合があります。不正確な情報や誤解に基づき、実態のない法人設立を企図してしまったケースも存在すると考えられます。
- コロナ禍の影響: 新型コロナウイルスの感染拡大により、入国制限や経済活動の停滞が発生しました。これにより、日本での事業活動を円滑に進めることが困難になったケースや、在留資格の維持のため、やむを得ず事業活動の実態を伴わない形での法人維持を選んでしまったケースも一部にはあったかもしれません。
これらの要因が複合的に絡み合い、名ばかりの事業を掲げた「ペーパーカンパニー」の設立が増加したと分析されています。
入管の厳格化と「実態」を問う審査基準
こうした状況を受け、入管は在留資格「経営・管理」の審査を大幅に厳格化しました。単に書類上の要件が整っているか否かだけでなく、提出された事業計画の「実現可能性」や「継続性」、そして何よりも「事業活動の実態」が厳しく問われるようになっています。
具体的な審査のポイントとしては、以下のような点が挙げられます。
- 事業所の実態: 申請時に提出される事務所の賃貸借契約書だけでなく、実際にその場所で事業活動が行われているか、十分な設備が備わっているか、といった点が確認されます。バーチャルオフィスやシェアオフィスであっても、そこで実質的な業務が行われているかが問われます。単なる住所貸しでは認められません。
- 事業計画の具体性・実現可能性: 抽象的な事業計画ではなく、具体的な顧客層、販売戦略、収益見込み、資金調達計画などが詳細に記載されているかが確認されます。また、申請者の経歴やスキルと事業内容との関連性も重視されます。例えば、飲食業の経験がない人物が突然レストランを開業するといった計画は、その実現可能性を厳しく問われることになります。
- 資金の出どころ: 事業に投入される資金が、適法な手段で得られたものであるか、またその資金が事業のために確実に使われるかどうかも確認されます。出資の経緯や、預金残高の不自然な動きなどは厳しくチェックされます。
- 事業活動の実績: 更新時や変更時には、これまでの事業活動の実績が詳細に確認されます。売上や仕入れの状況を示す帳簿類、納税証明書、従業員の雇用状況などが重要な判断材料となります。たとえ売上が少なくても、事業拡大に向けた具体的な取り組みや努力が認められれば、在留が許可される可能性もあります。
これらの厳格化は、入管が「経営・管理」ビザを単なる在留手段ではなく、日本経済に貢献する事業活動を行うための在留資格として捉えていることの表れと言えるでしょう。
実地調査のポイント:抜き打ち検査の現実
入管の厳格化を象徴するのが、実地調査(実態調査)の強化です。以前は比較的限定的であった実地調査が、近年では申請時や更新時に抜き打ちで行われるケースが増加しています。これは、書類だけでは判別できない「事業の実態」を直接確認するための最も有効な手段だからです。
実地調査では、以下のような点が重点的に確認されます。
- 事務所の状況:
- 外観・看板: 申請された名称と一致しているか、実際に事業所として機能しているように見えるか。
- 内装・設備: 事業内容に応じた事務機器、什器、商品などが適切に配置されているか。例えば、貿易会社なのに商品が一つもない、といった場合は疑念を抱かれます。
- 従業員の有無: 従業員がいる場合、実際に業務を行っているか、労働環境は適切か。
- 来客状況: 顧客や取引先の訪問があるか。
- 代表者への質問:
- 事業内容の詳細: 具体的な業務内容、取引先、顧客層、販売チャネルなどについて、淀みなく説明できるか。
- 事業計画との整合性: 提出した事業計画と現在の事業活動に乖離がないか。
- 資金の流れ: 売上や仕入れ、経費など、資金の流れを正確に把握しているか。
- 経営状況: 直近の売上や利益、課題、今後の展望などについて、経営者としての認識があるか。
- 書類の確認:
- 帳簿類: 売上台帳、仕入台帳、現金出納帳などが適切に記帳されているか。
- 契約書: 顧客との契約書、仕入れ先との契約書などが存在するかに加え、その内容の妥当性も確認されます。
- 請求書・領収書: 実際の取引があったことを示す書類が保管されているか。
- 従業員の雇用関係書類: 雇用契約書、タイムカード、給与明細など。
実地調査は、事前の連絡なく行われることがほとんどであり、申請者は常に「事業の実態」を証明できる状態にしておく必要があります。これは、単に書類を揃えるだけでなく、日々の事業活動を適切に記録し、説明責任を果たせる体制を整えることの重要性を示しています。
行政書士の「攻め」と「守り」の戦略:真の実在性証明のために
外国人雇用に関わる行政書士にとって、この厳格化は大きな課題であると同時に、専門家としての真価が問われる局面でもあります。単に書類を作成するだけでなく、顧客の事業が真に実態を持つものであることを、入管に対して説得力をもって証明する「攻め」と「守り」の戦略が不可欠です。
「攻め」の戦略:事業の実在性を積極的にアピールする
- 徹底したヒアリングと事業計画の磨き上げ:
- 顧客の事業内容を深く理解し、その独自性や優位性を引き出すためのヒアリングを徹底します。
- 市場分析、競合分析、SWOT分析などを通じて、事業計画の具体性と実現可能性を高めます。
- 申請者の経験やスキルが事業にどう活かされるのかを明確にし、説得力のある事業計画を作成します。
- 単なる目標ではなく、具体的な行動計画とロードマップを提示することで、入管担当者が事業のイメージを掴みやすくします。
- 根拠資料の充実化:
- 事業所の賃貸借契約書だけでなく、内装工事の見積書や写真、事業に使用する備品の購入領収書など、事業所の準備状況を示す資料を積極的に添付します。
- 事業開始に向けたマーケティング活動の証拠(ウェブサイトの作成状況、SNSアカウント、広告出稿の計画など)も有効です。
- 取引先候補との事前協議の記録(議事録、メールのやり取りなど)や、具体的な業務委託契約の草案なども、事業の具体性を示す上で強力な証拠となります。
- 特に、日本での人脈やネットワークを示す資料(協力企業からの推薦状、共同事業の覚書など)は、事業の継続性や発展性を示す上で非常に有効です。
- 専門家としての意見書の添付:
- 行政書士が事業計画を精査し、その実現可能性や継続性について、専門家としての見解をまとめた意見書を添付することも効果的です。客観的な視点から事業の強みをアピールし、入管の理解を深めます。
- 必要に応じて、税理士や中小企業診断士など、他の専門家の意見書を添えることも検討します。
「守り」の戦略:実地調査への備えと継続的なサポート
- 実地調査のシミュレーションと教育:
- 申請前に、顧客に対して実地調査が行われる可能性とその内容について十分に説明します。
- 実際の調査を想定したシミュレーションを行い、質問への回答準備や、事務所内の整理整頓、必要な書類の保管場所などを確認します。
- 特に、事業内容や資金の流れについて、経営者自身が正確に説明できるよう、繰り返し確認します。
- 事業活動の証拠書類の継続的な指導:
- 在留資格取得後も、売上、仕入れ、経費など、日々の事業活動を正確に記録するよう顧客に指導します。
- 請求書、領収書、契約書、銀行通帳のコピーなど、事業活動の証拠となる書類を適切に保管するよう促します。
- 従業員を雇用する場合は、雇用契約書、タイムカード、給与明細など、労働関係法令を遵守した書類作成と保管の指導を行います。
- 定期的な事業進捗の確認と助言:
- 在留資格更新時だけでなく、定期的に顧客の事業進捗を確認し、課題があれば解決に向けた助言を行います。
- 事業計画と実績に大きな乖離がある場合は、その理由を明確にし、入管に対して説得力のある説明ができるようサポートします。
- 必要に応じて、事業計画の見直しや修正のアドバイスも行い、事業が継続的に発展するよう支援します。
- 不測の事態への対応準備:
- 実地調査の際に、入管職員から追加資料の提出や、さらなる説明を求められた場合の対応についても、事前に顧客と共有しておきます。
- 疑念を抱かれるような事態が発生した場合でも、冷静かつ誠実に対応できるよう、行政書士がサポートする体制を整えます。
これらの「攻め」と「守り」の戦略を組み合わせることで、行政書士は単なる代書人ではなく、外国人材の日本での事業成功を強力に支援するビジネスパートナーとしての役割を果たすことができます。それが結果として、在留資格「経営・管理」制度の適正な運用に貢献し、日本社会全体の健全な発展にも繋がるでしょう。
最後に
在留資格「経営・管理」を巡る厳格化は、制度の悪用を防ぎ、真に日本に貢献する外国人材を受け入れるための当然の措置と言えます。入管は、事業の「形」だけでなく、その「実態」をより重視する姿勢を明確にしています。外国人材を受け入れる企業や、支援に携わる行政書士、登録支援機関、監理団体は、この入管のメッセージを真摯に受け止め、より透明性の高い、そして実質的な事業活動の証明に努める必要があります。
今回の厳格化は、一見すると外国人材の受け入れを難しくするかに見えるかもしれません。しかし、その本質は、日本の社会と経済に貢献しようとする真摯な外国人材を適切に迎え入れるための、より強固な基盤を構築することにあります。この変革期において、関係者が一丸となり、制度の健全な発展に寄与していくことが求められています。