外国人材の雇用に携わる皆様の中には、ある不可解な状況に疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
それは、次のようなものです。
(1): ミャンマー本国は、徴兵制や政情不安から、国民の出国を厳しく制限し、手続きを停止していると報道されている。
(2): しかし、実際には多くのミャンマー人が、日本への特定技能ビザを取得して合法的に来日している。
「ミャンマー政府が認めていないのに、どうして日本に来られるのか?」この誰もが抱く疑問は、単なる情報の欠落ではなく、複雑な国際関係と実務のギャップから生まれています。この記事では、この疑問に真正面から答え、その仕組みを丁寧に解説いたします。
目次
「全面禁止」ではない──手続きの「場所」が違うだけ
結論から言えば、この矛盾は「ミャンマー政府が全面的な出国禁止令を出しているわけではない」という事実と、「手続きを行う場所が国内か国外か」という違いによって説明できます。
ミャンマー政府は、海外で働く国民に対して、「海外労働身分証明カード(OWIC)」の取得を義務付けています。これはスマートカードとも呼ばれます。このカードがなければ、日本の就労ビザを持っていても出国できません。
そして、このOWICを取得するための窓口には、大きく分けて二つのルートが存在します。
【国内のルート】──事実上閉鎖された「第一の扉」
これは、ミャンマー国内の政府機関で、OWICの発行を申請する従来のルートです。
- 現状: 徴兵制の影響で、若い世代の出国審査は極めて厳格化されており、手続きが何ヶ月も停滞したり、事実上申請が受け付けられなかったりするケースが頻発しています。
- 問題点: このルートを試すことは、非常に大きな時間と精神的な負担を伴うため、多くの人が出国を諦める原因となっています。これが、「本国が認めていない」という認識が広まった主な理由です。
【タイ経由のルート】──開かれている「第二の扉」
これが、多くのミャンマー人が利用している合法的な迂回ルートです。
- 仕組み: タイに滞在しているミャンマー人が、タイ国内にあるミャンマー大使館や領事館でOWICの発行を申請します。
- 現状: 海外のミャンマー政府機関は、国内の混乱とは異なり、比較的円滑に手続きを進めているケースがあります。OWICを無事取得できれば、日本のビザと合わせて合法的に日本へ入国することが可能となります。
なぜこのルートが「合法」なのか
このルートが違法な「密入国」ではない理由は、非常にシンプルです。
- 政府の公的証明書: タイのミャンマー大使館が発行するOWICは、ミャンマー政府が公式に認めた「公的証明書」です。
- 法的要件の充足: 日本への入国に必要な日本のビザと、ミャンマー政府が認めたOWICの両方を、正規の手続きで取得しているため、両国の法律に則った合法的な入国となります。
この仕組みは、例えるなら、本社では手続きが滞っているが、海外支社では同じ手続きが効率的に進められているようなものです。両方の手続きが、最終的には同じ会社の公式なものとして認められます。
結論:矛盾の真相
「ミャンマー本国が日本行きを認めていない」という認識は、国内での手続きが事実上機能していないという現実から生じた誤解です。実際には、国外にある政府機関を通じた、もう一つの「開かれたルート」が存在しているのです。このルートは、ミャンマー人労働者と、人材を必要とする日本の企業双方にとって、希望をつなぐ重要な選択肢となっています。
しかしながら、ミャンマーが政治的に不安定であることはご承知の通りです。昨日まで問題なかったことが、今日突然問題になる、そういう可能性を常に孕んでいることを、受け入れ側は忘れてはいけません。