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人権侵害はなぜ繰り返されるのか? 技能実習制度の反省と、人手不足時代の共生への道
2025年7月24日、韓国で外国人労働者への深刻な「いじめ」が報じられました。スリランカ出身の労働者がフォークリフトに縛り付けられ、同僚から嘲笑されるという衝撃的な映像が公開され、韓国社会に大きな波紋を広げています。韓国政府はこれを受け、緊急監督に着手し、外国人労働者の労働環境の実態調査と制度改善に乗り出す方針を表明しました。この事件は、決して対岸の火事ではありません。人手不足に悩む日本において、外国人労働者の存在は不可欠ですが、過去には「技能実習制度」を巡る問題など、外国人労働者の人権が侵害される事例が指摘されてきた経緯があります。今回の韓国での事件を教訓に、日本の外国人雇用における課題と、人権尊重の重要性について改めて考えてみましょう。
韓国で露呈した、外国人労働者への「集団いじめ」の実態
今回、韓国で問題が表面化したのは、全羅南道羅州市のれんが工場で発生した事件です。スリランカ国籍の30代の移住労働者Aさんが、職場の同僚から繰り返し「いじめ」を受けていたことが明らかになりました。特に衝撃的だったのは、Aさんがフォークリフトにテープで縛り付けられ、同僚らが笑いながら嘲弄する様子を撮影した58秒の動画です。動画の中では、「自分が悪かったと言え」といった発言も確認されており、Aさんは度重なるいじめに耐えかね、現地の移住労働者支援団体に助けを求めたといいます。
この事件に対し、雇用労働部のキム・ヨンフン長官は、「今回の事件は社会的弱者である外国人労働者の労働人権を深刻に侵害する黙過できない重大な犯罪であり、共同体の価値を損なうもの」と述べ、法律違反が確認されれば厳正に対応する姿勢を示しました。韓国政府は、この事例を契機に、移住労働者の労働環境の実態調査と制度改善に乗り出すとともに、労働条件が劣悪な農村地域の事業場を中心に、追加的な監督を実施する予定です。
日本の「技能実習制度」が抱えていた歪み
韓国での今回の事件は、遠い国の出来事として片付けられるものではありません。日本でも、外国人労働者を巡る問題は長年、指摘されてきました。特に、発展途上国からの労働者の受け入れを目的とした「技能実習制度」は、その本来の目的とはかけ離れた実態が明るみになり、国内外から厳しい批判を受けてきました。
「技能実習制度」は、日本で培われた技能や知識を開発途上地域へ移転し、その経済発展を担う「人づくり」に協力することを目的としていました。しかし、実際には安価な労働力を確保するための手段として利用され、多くの外国人技能実習生が劣悪な労働環境や人権侵害に直面していました。
具体的には、以下のような問題が指摘されてきました。
- 低賃金・長時間労働: 最低賃金を下回る賃金での労働や、過酷な長時間労働が常態化しているケースがありました。
- パスポート・携帯の取り上げ: 来日後、企業や監理団体にパスポートや携帯電話を取り上げられ、自由な行動が制限される事例がありました。
- 借金: 送り出し機関への高額な手数料や渡航費のために多額の借金を背負って来日し、その返済のために劣悪な環境でも働き続けざるを得ない状況に追い込まれる実習生もいました。
- 暴力・ハラスメント: 身体的・精神的な暴力、ハラスメントの被害に遭う事例も報告されていました。
- 転籍の制限: 実習先の企業で問題が発生しても、簡単に転籍することができず、我慢を強いられるケースがほとんどでした。
- 失踪者の増加: これらの劣悪な労働環境や人権侵害に耐えかね、失踪する外国人技能実習生が後を絶ちませんでした。彼らは不法滞在となり、さらに厳しい状況に置かれることになります。
これらの問題は、国際社会からも厳しく批判され、日本政府も制度の見直しを迫られました。そして、2024年4月には「育成就労制度」が創設され、技能実習制度は廃止されることが決定しました。しかし、新しい制度が本当に外国人労働者の人権を守り、より良い労働環境を提供できるのか、その実効性が問われています。
いじめの温床となる「歪んだ構図」の根源
韓国の事件や日本の技能実習制度の問題から見えてくるのは、外国人労働者への「いじめ」や人権侵害が起こりやすい「歪んだ構図」が存在するということです。その根源には、いくつかの要因が考えられます。
まず、言語の壁と情報不足です。来日・来韓した外国人労働者は、言葉の壁があるために、現地の法律や労働慣行、支援制度について十分に理解することが難しい現状があります。これにより、不当な扱いや人権侵害を受けても、どこに相談して良いのか、どのように対応すれば良いのか分からず、泣き寝入りしてしまうケースが多くなります。
次に、経済的・社会的な立場の弱さです。多くの外国人労働者は、自国での経済的な困窮やより良い生活を求めて来日・来韓しています。そのため、多少の不満や不遇があっても、契約解除や帰国を恐れて声を上げにくい状況にあります。また、外国人であるというだけで、社会的に差別的な扱いを受けたり、孤立したりすることも少なくありません。このような脆弱な立場につけ込まれ、いじめやハラスメントのターゲットになりやすい側面があります。
さらに、企業側の認識不足とモラルの欠如も大きな要因です。外国人労働者を単なる「安価な労働力」としてしか見ていない企業や経営者、あるいは一部の従業員は、彼らの人権を軽視し、パワハラやいじめを容認、あるいは自ら実行してしまうことがあります。人手不足だからといって、人権を無視した労働環境を提供することは許されません。
そして、「外国人だから仕方ない」という偏見や無関心も、いじめの温床となる可能性があります。外国人労働者に対する偏見や差別意識が社会に根強く残っている場合、彼らが不当な扱いを受けても、周囲が無関心であったり、「外国人だから」という理由で問題を看過したりすることが起こりやすくなります。
人権尊重が、人手不足の日本で経済を成立させる鍵
日本は現在、少子高齢化による深刻な人手不足に直面しており、外国人労働者の存在は、日本の経済社会を支える上で不可欠なものとなっています。しかし、今回の韓国での事件や過去の技能実習制度の問題が示すように、外国人労働者の人権を尊重しない労働環境は、彼らの定着を阻害し、ひいては日本の経済活動にも悪影響を及ぼします。
人手不足の時代において、企業が優秀な人材を確保し、定着させるためには、国籍を問わず、すべての労働者が安心して働ける環境を整備することが何よりも重要です。それは、単に法律や制度を守るだけでなく、企業文化として「人権を尊重する」という意識を根付かせることが不可欠です。
具体的には、以下のような取り組みが求められます。
- 労働環境の透明化と改善: 賃金、労働時間、休日などの労働条件を明確にし、日本語だけでなく、外国人労働者の母国語で提供すること。また、ハラスメントやいじめの防止策を徹底し、万が一発生した場合の相談窓口を明確に設けること。
- 多文化共生への理解促進: 企業内で、外国人労働者の文化や習慣への理解を深めるための研修を実施するなど、多様性を尊重する意識を醸成すること。
- 日本語教育・生活支援の充実: 労働だけでなく、日本での生活全般をサポートする体制を整えることで、外国人労働者が安心して日本で生活し、働くことができるように支援すること。
- 相談窓口の強化と周知: 労働問題やハラスメントに関する相談窓口を多言語で提供し、外国人労働者が気軽に相談できる環境を整備すること。
真の「共生社会」を目指して
韓国で起きた外国人労働者へのいじめ事件は、私たちに改めて外国人雇用のあり方を問い直すきっかけを与えてくれました。日本は、今後ますます外国人労働者の力を必要とする社会になっていくでしょう。その中で、彼らを単なる労働力としてではなく、共に社会を支える一員として、その人権を尊重し、安心して働ける環境を提供することは、日本社会全体の責務です。
人手不足だから、経済のためだから、という理由で人権を軽視することは許されません。人権が尊重され、誰もが安心して働ける社会こそが、持続可能な経済成長を実現し、真の「共生社会」を築くための基盤となります。今回の韓国の事件を他山の石とし、日本の外国人雇用に関わるすべての関係者が、外国人労働者の人権保護と労働環境の改善に真摯に取り組むことが強く求められます。