日本の看護師不足、その答えは海を越えて──異国のナースが挑む医療現場のリアリティ

ミャンマー人の看護師たち

日本の病院の廊下を歩くたび、私たちは気づかないうちに、ある現実の重みを背負っているのかもしれません。ナースコールが鳴り響き、高齢の患者の訴えに耳を傾けるその背中には、日本だけでなく、遠い異国から来た看護師たちの姿があります。

「人手が足りない」。それは、日本の医療現場が長年叫び続けてきた悲鳴です。2023年時点で約150万人の看護師がいるものの、2040年にはさらに最大で20万人が不足するという厚生労働省の推計もあり、医療人材の確保は喫緊の課題となっています。少子高齢化という波は、医療需要を増大させ、夜勤や過酷な労働環境は、多くの若きナースを現場から遠ざけていきました。そんな中、国が活路を見出したのが、海を越えて日本にやってくる外国人看護師たちでした。


EPA制度──日本で看護師になるための狭き門

外国人看護師が日本で働く方法は、極めて限られています。事実上、彼らが日本で看護師としてキャリアを築くためのメインルートは、日本と特定の国との間で締結された経済連携協定(EPA)に基づいた採用制度です。

この制度は、公的な枠組みの下で、インドネシア、フィリピン、ベトナムの3カ国から看護師候補者を受け入れるものです。候補者たちは、来日前に日本語研修を受け、日本の病院や施設に雇用され、働きながら最長3年間で日本の看護師国家試験合格を目指します。これは、日本の医療分野における労働力不足に対応するため、二国間の連携強化を目的とした特別な制度です。

EPA制度以外の道は?

EPA制度以外で外国人が日本の看護師になる道は、以下の2つに限定されますが、現実的には非常に困難です。

  • 日本の看護師養成所を卒業する: 日本の高校を卒業後、看護師養成学校に入学し、日本人と同様に国家試験を受験する方法です。しかし、留学生向けのプログラムはほとんどなく、日本人と同等の高度な日本語能力が求められます。
  • 母国の看護師免許を日本の受験資格に認定してもらう: 母国で看護師免許を取得し、日本の厚生労働大臣から個別に受験資格の認定を受ける方法です。この認定基準が非常に厳しく、母国のカリキュラムが日本の教育要件とほぼ一致している必要があり、多くの場合は認められません。

これらの制度的な障壁から、多くの外国人にとって、EPA制度が日本で看護師になるための唯一の現実的な選択肢となっています。

夢と現実の狭間で

EPA候補者たちは、祖国の家族の期待を背負い、日本の地を踏みました。彼らの胸には、「日本で高度な医療技術を学び、家族を支えたい」という強い思いがあります。しかし、彼らが最初に直面するのは、想像をはるかに超える「言葉の壁」でした。

「せん妄」「褥瘡」「悪性新生物」──専門的な医療用語が飛び交う日本の病院で、彼らは日々、辞書を片手に奮闘します。患者とのコミュニケーションも、時には生死を分けるほど重要です。彼らに課せられた最大のミッションは、日本の看護師国家試験に合格すること。しかし、その合格率は非常に低いのが現実です。

「教科書は読めるけど、患者さんの話は聞き取れない。日本語のニュアンスが、一番難しい」

あるベトナム人候補者の言葉が、その苦闘の深さを物語ります。2023年に国家試験を受験したEPA看護師候補者240人のうち、合格者はわずか42人でした。合格率は約17.5%にとどまり、日本人受験者の合格率(90.8%)と比較すると、その厳しい現実が浮き彫りになります。

共生の光、そして未来へ

それでも、彼らは日本の医療現場に欠かせない存在になりつつあります。試験の壁を乗り越え、日本の病院で働き始めた外国人看護師たちは、その勤勉さと献身的な姿勢で、多くの患者や同僚から信頼を得ています。

ある介護施設では、外国人看護師が母国語でレクリエーションを企画し、外国人入居者の心を解きほぐしたという事例があります。また、彼らの存在は、日本の看護師たちにも、異文化への理解やコミュニケーションの重要性を気づかせ、職場に新しい風を吹き込んでいます。

日本の医療が直面する課題は、簡単には解決できません。しかし、外国人看護師という新たな担い手たちが、その解決の糸口を握っているのかもしれません。彼らを単なる労働力としてではなく、日本の医療を共に支える「仲間」として受け入れること。そして、彼らが活躍できる環境を、社会全体で創り上げていくこと。それは、日本の医療の未来を救うだけでなく、私たちが真の多文化共生社会へと踏み出す、確かな一歩となるはずです。

【参考情報・リンク集】