近年、日本の労働力不足解消に貢献する特定技能制度において、ネパール人材の存在感は増すばかりです。しかし、2025年7月1日よりネパール側の法律改正が施行され、その受入れ手続きに新たなルールが加わりました。特に、現在ネパール人材の受入れを進めている企業や登録支援機関は、この変更に細心の注意を払う必要があります。本稿では、この法改正の詳細に加え、ネパールという国の背景、労働者の海外志向、日本との関係性までを深掘りし、ネパール人材との共生が日本社会にもたらす意義について考察します。
目次
施行された法改正の概要と即時適用への懸念
2025年7月1日、ネパール政府は、自国民の海外送出しに関する新たな法律を施行しました。この改正の最も大きなポイントは、日本の特定技能所属機関および登録支援機関が、駐日ネパール大使館において求人票(デマンドレター)の認証手続きを義務付けられたことです。これは、ネパール政府が認定した送り出し機関(Registered Recruiting Agency)を通じた送出しを徹底するための措置であり、不透明なブローカーの排除や、労働者の保護強化を目的としています。
この手続きの具体化として、受入れ企業や登録支援機関は、求人内容や労働条件を明記したデマンドレターをネパール大使館に提出し、その認証を得る必要があります。これにより、ネパール政府は海外で働く自国民の状況をより詳細に把握し、問題発生時の対応を迅速化することが可能になります。
懸念されるのは、その「即時適用」の可能性です。既にネパール国内で申請中の案件についても、新たな認証手続きが求められる可能性があり、これにより手続きの遅延や混乱が生じることも予想されます。現時点(2025年7月)において、ネパール大使館からの通達やJITCO(公益財団法人 国際研修協力機構)からの情報に基づき、申請中の案件についても、ネパール国内での送出手続きが完了していない場合は、この新たな認証手続きが必要となる可能性が高いとされています。そのため、現在ネパール人材の受入れを進めている企業や機関は、早急に最新情報を確認し、大使館や関係機関と密に連携を取ることが不可欠です。
この法改正は、一見すると手続きの煩雑化を招くように思えますが、ネパール政府が自国民の海外労働に対し、より責任と統制を持って臨む姿勢の表れと捉えることもできます。これにより、適正なプロセスを経て来日する労働者が増え、結果的に日本側の受入れ企業にとっても、より安心して人材を受け入れられる環境が整うことが期待されます。
増加するネパール人労働者:その背景にあるネパールという国
日本の特定技能外国人材において、ネパール出身者の存在感は年々高まっています。出入国在留管理庁の統計によれば、特定技能におけるネパール人材の在留者数は着実に増加しており、今後もその傾向は続くと見込まれています。この背景には、ネパールという国の現状と、国民の海外就労への強い意欲があります。
ネパールは、インドと中国に挟まれた内陸国であり、世界最高峰のエベレストを擁するヒマラヤ山脈の麓に位置します。GDPは低く、世界銀行の分類では「低所得国」に位置付けられています。主要産業は農業で、製造業は未発達です。高い失業率と低賃金は、国内での職探しを困難にしています。特に若年層にとって、安定した職を得ることは容易ではありません。
このような経済状況から、多くのネパール人が海外での就労に活路を見出しています。海外送金は、ネパール経済を支える重要な柱であり、GDPの約25〜30%を占めるとも言われています。家族を支え、より良い生活を送るために、若者たちは積極的に海外での機会を探します。中東諸国(カタール、サウジアラビア、UAEなど)やマレーシア、韓国などが伝統的な主要受入れ国でしたが、近年では日本への関心も高まっています。
海外で働きたいネパール人:なぜ、そして日本はなぜ人気なのか
ネパール人が海外で働くことを強く望む理由は多岐にわたります。
まず、前述の通り、国内の雇用の少なさ、賃金の低さが挙げられます。たとえ職があったとしても、国内の賃金では家族を養い、子供を教育するのに十分でないことが多いため、より高い収入を求めて海外へ向かいます。
次に、教育水準の向上も背景にあります。識字率は向上し、英語教育も普及しているため、海外でのコミュニケーションに抵抗が少ない若者が増えています。彼らは、海外で得た経験やスキルを将来的に自国に還元したいという意欲も持っています。
さらに、家族を支えるという強い責任感があります。ネパール社会では、年長者や家族への扶養義務が非常に強く、海外で稼いだお金を送金することで、家族の生活水準を向上させるだけでなく、家を建てたり、子供を進学させたりするなど、具体的な形で貢献しようとします。
では、数ある受入れ国の中で、なぜ日本がネパール人にとって魅力的なのでしょうか。
- 高賃金と安定した経済: 日本の賃金水準は、ネパール国内はもとより、多くの中東諸国と比較しても高く、安定した経済状況は魅力的です。稼いだお金を本国に送金することで、家族の生活を劇的に改善できる可能性を秘めています。
- 安全で清潔な社会: 日本の治安の良さ、街の清潔さ、交通インフラの整備状況は、海外で生活する上で非常に重要な要素です。安心して生活できる環境は、長期的な就労を考える上で大きなインセンティブとなります。
- 技術習得の機会: 特定技能制度は、特定の産業分野での専門的な知識や技能を必要とします。ネパール人材は、日本で働くことを通じて、高度な技術や専門知識を習得できる機会と捉えています。これは、将来的にネパールに帰国した際、より良い職に就くための大きな武器となると考えています。
- ネパール人コミュニティの存在: 日本には、多くのネパール人が居住しており、特に東京や大阪など大都市圏にはネパール料理店や物販店が集まるエリアも形成されています。これにより、来日したばかりのネパール人も孤立することなく、同胞のサポートを受けながら生活を始めることができます。
- 文化的な親近感(一部): 仏教徒が多いネパールでは、日本の文化に対して一定の親近感を抱く人もいます。また、日本のアニメやポップカルチャーに触れる機会も増えており、日本への憧れを抱く若者も少なくありません。
これらの要因が複合的に作用し、日本はネパール人にとって、経済的な豊かさだけでなく、自己成長の機会、そして安心して生活できる場として、魅力的な選択肢となっているのです。
ネパール人労働者と日本の共生:今後の展望と日本の対応
今回の法改正は、ネパール政府が自国民の海外就労に対する監督を強化し、より透明性の高いプロセスを構築しようとする強い意志の表れです。これは、短期的な手続きの増加を意味するかもしれませんが、長期的には、より適正な手続きを経て来日する労働者が増え、結果として日本側の受入れ企業にとっても、安心して人材を受け入れられる環境が整うことにつながります。
日本は、少子高齢化による労働力不足が深刻化する中、外国人材の受入れはもはや不可欠な社会基盤となりつつあります。ネパールは、若く勤勉で、家族への責任感が強い人材が豊富な国であり、日本の多様な産業分野で活躍が期待されます。
しかし、単に労働力として受け入れるだけでなく、彼らが日本社会で安心して生活し、能力を最大限に発揮できるような環境を整備することが重要です。適切な日本語教育の機会提供、生活支援の充実、文化や習慣の違いへの理解促進、そして何よりも公平な労働環境の確保が求められます。
今回の法改正は、日本とネパールの二国間協力が、単なる労働力の受入れ・送出しに留まらず、より深く、そして持続可能な共生関係へと発展する契機となるでしょう。ネパール政府の厳格な管理体制のもと、透明性の高い手続きを経て来日するネパール人特定技能人材は、日本の経済社会を支える重要な担い手として、その存在感を一層高めていくに違いありません。
日本の企業、特に現在ネパール人材の受入れを進めている、または検討している企業においては、以下の点に留意し、適切に対応することが強く求められます。
- 駐日ネパール大使館の最新情報の確認: 大使館ウェブサイトや発表される文書を常にチェックし、認証手続きに関する最新情報を把握すること。
- JITCOや関連機関からの情報収集: 公益財団法人国際研修協力機構(JITCO)や出入国在留管理庁、その他専門機関からの情報も積極的に収集し、不明点があれば速やかに問い合わせること。
- 送り出し機関との連携強化: ネパール国内の認定送り出し機関との連携を密にし、手続きの進捗状況や必要書類について常に情報共有を行うこと。
- 申請中の案件への対応: 既に申請中の案件で、ネパール国内での送出手続きが完了していない場合は、新たな認証手続きが必要となる可能性を念頭に置き、大使館や送り出し機関に確認し、速やかに対応すること。
- 専門家への相談: 必要に応じて、外国人雇用に詳しい行政書士や弁護士などの専門家に相談し、適切なアドバイスを得ること。
この法改正を契機に、ネパールからの特定技能人材受入れがより適正で円滑なものとなり、日本社会の持続的な発展に寄与することを期待します。