銀行口座リスクが高まる中で「デジタル給与」を考える

ネパール人介護職員が休憩時間に談笑している

外国人社員にとって、日本の銀行口座は生活の土台である一方、在留資格の更新手続きや本人確認の追加提出が間に合わないだけで、取引が止まるかもしれないという不安の源にもなっています。金融機関側がマネー・ローンダリング対策の一環として、在留カードの提示や在留期間(満了日)の確認を求めるのは、いまや例外ではありません。たとえば三菱UFJ銀行は「国籍・在留資格・在留期間(満了日)」の確認を掲げています。 セブン銀行も在留カードの提出を求め、提出がないまま在留期間が到来した場合に取引制限や解約の可能性があると明記しています。

こうした環境下で、企業が「銀行振込だけ」に依存し続けるのは、外国人社員の生活リスクを企業が間接的に抱え込むことにもなります。本人に落ち度がなくても、更新手続きの遅れや情報更新の行き違いが起きた瞬間、家賃や食費、送金といった日常が止まるからです。地方では支店の統廃合で窓口が遠く、平日に仕事を休んで手続きせざるを得ないケースも現実に起きます。企業側の「本人の問題」という線引きが、かえって職場不信や離職の引き金になりやすい局面です。


「デジタル給与」は福利厚生ではなく、生活の安全網になり得る

賃金のデジタル払いは、厚生労働省が指定した資金移動業者の口座へ賃金を支払う仕組みです(厚生労働省ホームページ)。導入は義務ではなく、労働者の同意が前提で、本人が希望しない支払いを強いることはできません。 また、資金移動業者の口座に置ける残高には上限(100万円以下)があり、超過をどう扱うか(自動で銀行へ移す等)を含めた設計が重要です。 どの事業者が利用できるかは、厚労省が「指定資金移動業者一覧」として公表しています(2026年2月27日時点)。

企業側の狙いは「銀行を置き換える」ことではありません。銀行口座が一時的に使いづらくなった場合でも、給与の受け取りと日々の決済を別経路で確保しておく、いわばセーフティネットとして設計することに意味があります。とりわけ来日直後で日本語が十分でない社員にとって、スマホアプリ上で履歴が見えること、チャージや支払いが直感的にできることは、生活の安定に直結します。


導入で失敗しないための実務ポイント

導入は「全額デジタル一択」にしない方がうまくいきます。貯蓄や家賃引き落としなどで銀行口座を使い続けたい社員は多く、デジタルと銀行の併用を前提に選択肢を用意する方が納得感を得やすいからです。制度面でも、同意の取得や説明の丁寧さが要になります。難解な日本語の同意書に署名させるだけでは、後日のトラブルの火種になります。母国語またはやさしい日本語で、メリット・注意点(残高上限、現金化の方法、困ったときの連絡先)をセットで説明し、本人が選べる形に整えることが「誠実な運用」です。

もう一つ重要なのは、社内の期限管理と合わせ技にすることです。銀行側が在留カードの提出や在留期間の確認を求める以上、更新期限のリマインド、更新中であることの控え(受付票等)の保管、本人への早めの声かけは、企業のコンプライアンスとして不可欠です。そのうえで、万一の取引制限に備えて「デジタル給与という第二ルート」を持つ。これが現場の混乱と生活不安を最小化します。


銀行振込とデジタル給与の整理

論点銀行振込のみデジタル給与を併用企業が押さえるべき点
在留カード更新・提出遅れ時の影響取引制限が起きると生活が止まりやすい(銀行によっては在留カード提出がない場合に制限の可能性)銀行側で制限が起きても、決済・送金の逃げ道を確保しやすい「本人任せ」にせず、期限管理と説明を制度化する
使い勝手(日本語・窓口)手続きが難しく、窓口が遠い地域では負担が増えやすいスマホ中心で完結しやすい初回だけは社内で操作支援の時間を取る
制度上の制約制約は少ない資金移動口座の残高は100万円以下など制約あり生活費相当をデジタル、貯蓄は銀行など役割分担を設計
導入の前提企業の運用変更は少ない労働者の同意が前提で、強制できない同意取得は母国語・やさしい日本語で、選択制を徹底

結局のところ、デジタル給与は「流行りの福利厚生」ではなく、外国人社員の生活の脆弱性を減らし、企業側の突発対応コスト(給与日直後の混乱、相談対応、欠勤)を抑える実務策です。銀行側の本人確認が厳格化する流れは、犯罪収益移転防止の枠組みの中で今後も続きます。 企業はその現実を前提に、社員に「安心して働ける受け取り方」を複線化しておくべきです。そうした設計思想こそが、地方企業が優秀な外国人材に選ばれるための、静かだが効く差別化になります。