特定技能外国人の数は増加の一途をたどっていますが、企業が直面する最大の課題の一つが、外国人材の「転職(転籍)による人材流出」リスクです。転職が自由になったことで、特定技能制度は人材の定着に成功しているのか、それとも業界内の「人材争奪戦」を引き起こしているのでしょうか。
本稿では、特定技能制度における転職の実態をデータで分析し、転職が発生しやすい職種と、逆に高い定着率を誇る職種との構造的な違いと、企業側が取るべき対策を掘り下げます。
目次
特定技能「転職(転籍)」の実態:データの示す傾向
出入国在留管理庁の特定技能に関する公開データ(転籍・移動状況)は、産業分野ごとの転職のしやすさ、つまり「人材流動性」を明確に示しています。
データ例:出入国在留管理庁 特定技能外国人の転籍状況(仮定データを含む)
注:特定技能は制度開始から間もなく、継続的なデータが少ないため、ここでは公開されている転籍手続きの件数や傾向を基に解説します。
| 産業分野 | 転籍(企業変更)件数 (2023年度実績) | 転籍理由の主な傾向 |
| 転籍発生しやすい分野 | ||
| 飲食料品製造業 | 高水準 | 労働条件(賃金・夜勤)、人間関係 |
| 外食業 | 高水準 | 労働条件(シフト・残業・賃金) |
| 建設業 | 中~高水準 | 賃金水準の不満、地方から都市部への移動 |
| 転籍発生しにくい分野 | ||
| 介護 | 低水準 | 資格取得、キャリアアップ志向 |
| 農業 | 低水準 | 季節性・地域密着型、住環境 |
※正確な「転職率」(在籍者数に対する転籍件数の比率)の公的な最新データはまだ限定的ですが、転籍手続きの件数から、労働集約型で賃金水準に幅がある分野で流動性が高まる傾向が見られます。
「転職が発生しやすい職種」と、その構造的原因
特定技能外国人にとって、転職は自身の労働条件を改善するための正当な権利です。特に以下の分野では、転職が頻繁に発生しやすい構造的課題を抱えています。
① 飲食料品製造業・外食業:労働条件の「比較可能性」と「賃金」
- 原因:労働条件の均質性と低賃金競争
- これらの分野の業務内容は、企業が変わっても大きな差が生まれにくい(均質性が高い)ため、外国人材にとって賃金やシフトなどの労働条件を比較しやすくなります。
- 特定の地域内で、時給が50円でも高い企業があれば、そこに人材が流れやすい「単純な賃金競争」に陥りがちです。
- 夜勤の有無、寮費の負担、残業の多寡などが、転籍の直接的な引き金となります。
② 建設業・製造業:キャリアパスの不透明さと「地方からの脱出」
- 原因:技能習熟の難易度と都市部への集中
- 建設業や製造業は、専門性が高く、企業や現場によって任される技能に差が出やすい分野です。
- 「今の会社では特定の技能を習得できない」「キャリアアップが見込めない」と感じると、より高い技術習得や資格取得が可能な都市部の企業への転籍が発生します。
- 特に地方の企業で働く外国人材が、利便性の高い都市部での労働を求め、転籍するケースも目立ちます。
「転職が発生しにくい職種」と、定着の理由
一方で、介護分野や農業分野など、比較的低い転籍率を示す分野もあります。ここには、人材が定着しやすい明確な理由があります。
① 介護分野:「資格・キャリアアップ」と「人間関係の質」
- 定着の理由:
- 特定技能から「介護福祉士」への明確なキャリアパス: 介護分野では、特定技能で働きながら、日本の国家資格である「介護福祉士」を目指すルートが確立されています。この将来の目標が、安易な転職を防ぐ強い動機付けとなります。
- 対人支援の特殊性: 介護業務は利用者との信頼関係が重要であり、業務内容が均質化しにくく、人間関係の質が定着に直結します。手厚い支援や日本語教育、生活サポートを行う企業では、家族的な結びつきが生まれることも定着に寄与します。
② 農業分野:地域社会との結びつきと住環境
- 定着の理由:
- 業務の専門性と生活環境の一体化: 農業は季節性があり、地域社会との連携が不可欠な場合が多いです。また、寮や住居が提供され、生活環境が整えられていると、地域への定着意識が高まります。
- 賃金以外の付加価値: 企業によっては、農作物の支給や地域イベントへの参加支援など、賃金以外の「生活の質」を高める支援が定着につながっています。
企業が取るべき対策:人材流出を防ぐ「3つの戦略」
特定技能制度が「人材の自由な移動」を認める以上、企業は「引き止める」のではなく、「選ばれる企業」になる戦略が必要です。
- 賃金競争からの脱却:非価格競争要素の強化
- 同業他社との賃金比較は避けられません。対策として、給与面だけでなく、「家賃補助の手厚さ」「日本語学習支援の充実」「送迎の有無」など、生活コストを下げ、生活の質を向上させる非価格要素を徹底的に強化すべきです。
- 明確なキャリアパスの提示
- 「特定技能5年後の展望」を具体的な言葉で示します。製造業であれば「〇〇技能士への挑戦」、外食業であれば「店長候補への育成」など、技能習熟度や資格取得と連動した昇給・昇格制度を透明化し、未来への希望を持たせることが重要です。
- エンゲージメントを高める伴走型支援
- 特定技能は登録支援機関による支援が義務付けられていますが、それに頼るだけでなく、企業自身が積極的に「孤独を防ぐ」支援を行うべきです。NINAITEのような外国人材支援SaaSを活用し、定期的な面談記録や生活相談をデータで管理することで、離職の予兆を早期に察知し、対策を打つことが可能になります。
外国人材は、労働力であると同時に「生活者」であり「キャリア志向の個人」です。この視点を持ち、「この会社で働くメリット」を継続的に提供できる企業だけが、特定技能時代の人材争奪戦を勝ち残ることができるでしょう。









