特定技能「採用直後の離職」を防げ!経営者が知らない「事前ガイダンス」の法的重みと転職リスク回避の極意

ネパール人介護士たち

深刻な人手不足対策として特定技能人材の採用が加速する一方で、企業が常に抱えるのが「採用直後の離職(転籍)」リスクです。時間とコストをかけて採用した人材がすぐに他社へ流出してしまう現象は、制度の自由化が招いた避けられない宿命とも言えます。

しかし、この転職リスクを最小限に抑える鍵は、実は特定技能の受け入れに際して必ず行わなければならない「義務的支援」の中に隠されています。

本稿では、多くの企業や一部の登録支援機関が軽視しがちな「事前ガイダンス」の法的・戦略的な重要性を、法務省の規定を根拠に徹底解説します。


転職リスクの根源:契約内容の誤解

特定技能外国人は、技能実習生と異なり、原則として同業種内での転職が認められています。彼らが離職を考える最大の理由の一つは、「入社前に聞いていた話と実際の労働条件が違う」という、契約内容に関する誤解や不信感です。

多くの企業や支援機関は、この初期段階のミスマッチの危険性を過小評価しています。契約書や条件書を渡すだけで「説明義務を果たした」と考えがちですが、その内容が外国人の心に響き、信頼につながっていなければ、採用は失敗に終わります

【よくある致命的なミスマッチの例】

  1. 賃金・控除の内訳: 提示された月給額は高くても、控除される寮費や水道光熱費などが詳しく説明されず、手取り額が想定より大幅に少ない。
  2. 労働時間・シフト: 「残業なし」と聞いていたが実際は常態化している、あるいは「夜勤なし」のはずが突然シフトに入れられた。
  3. 職務内容の範囲: 介護職で採用されたのに、調理や清掃など付随業務ではない雑務ばかりを要求される。

これらのミスマッチは、単なるコミュニケーション不足ではなく、「裏切られた」という不信感に直結し、外国人材はすぐに転職という行動に移ります。

法務省規定:「事前ガイダンス」の法的義務と実施のタイミング

特定技能の採用において、企業(受け入れ機関)が支援機関を通じて行う「事前ガイダンス」は、単なるオリエンテーションではなく、雇用契約の法的正当性を担保する極めて重要な義務的支援です。

実施のタイミング:入管申請前の必須要件

事前ガイダンスは、在留資格認定証明書交付申請(COE申請)または在留資格変更許可申請を、出入国在留管理庁(入管)に提出する前に、必ず実施しなければなりません。

これは、入管側が「外国人材が、自身の労働条件や日本の生活ルールを事前に十分に理解・納得した上で」日本での就労を希望していることを確認するための、前提条件だからです。

このタイミングを守らない場合、適切な支援を怠ったと判断され、申請が不許可となるリスクがあります。

📝 義務付けられている必須事項

法務省(出入国在留管理庁)が定める特定技能の運用要領では、事前ガイダンスにおいて、以下の内容について「外国人が十分に理解できる言語で説明しなければならない」と規定されています。

必須説明事項企業が怠りがちな点
① 雇用契約書の内容給与、労働時間、休憩、休日、就業場所、従事する業務の内容など、全ての労働条件を母国語の翻訳で一語一句確認する義務。
② 雇用条件書の内容労働契約期間、残業・休日出勤の有無、保険の加入状況、寮費・光熱費などの控除額の詳細を明確に提示。
③ 支援の内容登録支援機関が提供する支援サービス(定期面談、生活サポート、相談対応など)を具体的に説明。
④ 転職(転籍)のルール特定技能制度で転職が認められていることと、その手続きや条件を明示。

多くの企業は、雇用契約書を母国語に翻訳した書面を渡すだけで「説明義務を果たした」と考えがちですが、法務省の規定が求めるのは「十分に理解できる言語での説明」であり、一方的な書面交付だけでは不十分です。

転職リスクを潰すための戦略的対応

事前ガイダンスは、単なる義務的支援ではなく、企業が「透明性」と「信頼性」を示す最初で最大のチャンスです。

📌 対策①:支援機関任せにしない契約内容の「手取り額」最終チェック

企業の人事担当者は、支援機関に丸投げするのではなく、事前ガイダンスで提供される母国語版の雇用契約書と説明内容を、必ず最終チェックすべきです。特に、給与や控除額については、「手取り額」をシミュレーションして提示し、誤解が生じないよう、企業側が積極的に関与することが重要です。

📌 対策②:記録の徹底と証拠保全

事前ガイダンスで「理解した」ことを、外国人材の署名と日付が入った記録として残し、受入企業 / 支援機関がこれを保管することが必須です。これは、万が一入社後に「聞いていなかった」とトラブルになった際、適切な説明を履行したことの客観的な証拠となります。

📌 対策③:転職可能性の「正直な開示」とコミットメント

事前ガイダンスでは、特定技能制度が転職を認めていることを隠さずに正直に伝えるべきです。その上で、「だからこそ、この会社はあなたに長く働いてもらうために、入社後も昇給や資格支援を続ける」という企業のコミットメントを伝えます。

透明性の高いコミュニケーションこそが、外国人材の信頼を勝ち取り、採用直後の転職という最大のリスクを回避する唯一の道です。入管申請前の重要なガイダンスを形骸化させることは、法令違反のリスクと、将来的な人材流出という大きなコストを覚悟することを意味します。