近年、国際結婚が増加の一途をたどっています。それに伴い、外国人雇用の現場においても、在留資格の取得を目的とした「偽装結婚」が問題視されるケースも散見されます。出入国在留管理庁(以下、入管)は、このような偽装結婚を厳しく取り締まっており、その審査は年々厳格化しています。
本稿では、国際結婚を通じた在留資格取得において、入管が偽装結婚をどのように判断しているのか、具体的な審査基準を詳述します。また、真の婚姻関係を証明し、円滑な在留資格取得をサポートするために、行政書士が果たすべき重要な役割と、提出すべき書類や証拠について解説します。外国人材を受け入れる企業、登録支援機関、監理団体、そして行政書士の皆様にとって、本稿が国際結婚に関する理解を深め、適切な対応を講じる一助となれば幸いです。
目次
入管が偽装結婚を見抜く「目」:厳格化する審査基準
入管は、在留資格申請の際に提出される書類だけでなく、申請者本人との面談、さらには実態調査を通じて、婚姻の真実性(真実の婚姻意思と共同生活の実態)を総合的に判断します。単に戸籍上の婚姻が成立しているだけでは、在留資格は許可されません。これは、不法な在留を防ぎ、外国人雇用の健全性を保つ上で極めて重要な審査プロセスです。
審査のポイント:多角的な視点からの確認
入管が偽装結婚を見抜く主なポイントは、以下の通りです。
1. 婚姻の経緯と信憑性
- 出会いの状況: どこで、どのように知り合ったのか。出会いの場所や状況に不自然な点はないか。例えば、出会い系サイトやマッチングアプリでの出会いであっても、その後の交際期間や頻度、具体的な交流内容が確認されます。
- 交際期間: 婚姻に至るまでの交際期間が極端に短い場合、慎重に審査されます。
- 交際の頻度と内容: 遠距離恋愛の場合でも、定期的な連絡や面会があったか。具体的なデートの内容や、互いの家族・友人との交流の有無も重要な要素です。
- プロポーズの状況: 誰から、どのような形でプロポーズがあったのか。その時の状況を具体的に説明できるかどうかも確認されます。
- 結婚の意思: 双方に真摯な結婚の意思があるか、その意思形成に至る過程が合理的であるか。
2. 共同生活の実態
- 同居の有無と期間: 原則として、夫婦として同居していることが求められます。別居している場合は、その理由が合理的であるか、将来的な同居の意思があるかなどが確認されます。外国人材が日本で生活基盤を築いているかどうかの重要な判断材料となります。
- 生計維持の状況: 夫婦のどちらか一方が他方を扶養する能力があるか。具体的な収入状況や預貯金、資産などが確認されます。また、生活費の分担状況なども問われます。これは、外国人雇用における適正な収入確保にも関連します。
- 住居の状況: 夫婦が居住する住居が、共同生活に適した環境であるか。単身者用アパートに夫婦で住んでいるといった不自然な状況ではないか。
- 日常生活の状況: 互いの生活習慣や趣味、休日の過ごし方などを把握しているか。共通の知人・友人がいるか。
- 夫婦間のコミュニケーション: 言葉の壁がある場合、どのようにコミュニケーションを取っているか。翻訳アプリや通訳を介しているのか、お互いに日本語や外国語を学習しているのかなども考慮されます。
3. 申請者の供述内容と整合性
- 個別面談: 申請者本人(外国人配偶者)と日本人配偶者の双方に対し、個別に面談が行われることがあります。この際、婚姻に至る経緯、交際状況、共同生活の実態などについて、詳細な質問がされます。
- 供述内容の整合性: 双方の供述内容に矛盾がないか、食い違いがないか。もし矛盾がある場合、その理由を明確に説明できるかが問われます。
- 一般的な常識との照合: 面談でのやり取りや申請書類の内容が、社会通念上、夫婦関係として自然なものであるかどうかが判断されます。
4. 過去の在留状況
- オーバーステイや不法就労の有無: 過去に不法滞在や不法就労の履歴がある場合、偽装結婚を疑われる可能性が高まります。これは外国人雇用の健全な運営を阻害する行為として厳しく見られます。
- 短期滞在ビザでの入国と申請: 短期滞在ビザで入国し、すぐに在留資格変更申請を行う場合、当初から結婚目的で入国したとみなされ、慎重な審査が行われます。
行政書士の役割:真の婚姻を証明するために
国際結婚を通じた在留資格取得において、行政書士は単なる書類作成代行者ではありません。入管の厳しい審査をクリアし、真の婚姻関係であることを立証するための、いわば「婚姻の通訳者」としての重要な役割を担います。これは、外国人雇用に関わる他の事業者にとっても、在留資格申請における行政書士の専門性の重要性を理解する上で参考となるでしょう。
準備すべき書類と証拠:量よりも「質」と「整合性」
行政書士は、申請者が真実の婚姻関係にあることを、具体的な証拠をもって入管に示さなければなりません。単に多くの書類を提出すればよいというものではなく、それぞれの書類が互いに補強し合い、一貫したストーリーを語ることが重要です。
以下に、行政書士が準備すべき主な書類と、その補強となる証拠を挙げます。
1. 基本的な提出書類
- 在留資格認定証明書交付申請書(または在留資格変更許可申請書): 申請の根幹となる書類であり、詳細かつ正確な記載が求められます。
- 戸籍謄本: 日本人配偶者の戸籍謄本で、婚姻の事実が記載されているもの。
- 婚姻受理証明書: 外国で婚姻が成立した場合、その国の役所が発行した婚姻証明書。
- 外国人配偶者の国籍国の証明書: 婚姻要件具備証明書など、その国で婚姻が法的に有効であることを示す書類。
- パスポートの写し: 双方のパスポートの顔写真ページ、査証ページ、出入国記録ページなど。
- 住民票: 夫婦の住民票(世帯全員の記載があるもの)で、同居の事実が確認できるもの。
- 滞在中の住所を証明する書類: 賃貸契約書、公共料金の請求書など、同居していることを裏付けるもの。
- 扶養者の所得・課税証明書: 日本人配偶者の所得状況を証明するもの。納税証明書なども含まれます。これは、外国人材の扶養者の経済的な安定性を示す重要な書類です。
2. 婚姻の信憑性を裏付ける証拠資料
これらの書類に加え、以下の証拠資料を添付することで、婚姻の真実性をより強く主張できます。
- 出会いのきっかけを示す資料:
- 紹介者の手紙や連絡先、写真(知人の紹介の場合)
- 出会い系サイトの登録画面やメッセージ履歴のスクリーンショット(出会い系サイトの場合)
- 共通の友人と写っている写真
- 交際期間中の証拠資料:
- 写真: 夫婦で写っている写真(時系列が分かるように、出会った頃から現在までまんべんなく、様々な場所で撮影されたもの)。友人や家族との集合写真も有効です。日付や場所が分かるようにコメントを添えると、さらに説得力が増します。
- 通信記録: LINE、WhatsApp、Skypeなどの通話履歴やメッセージ履歴のスクリーンショット。手紙やメールのやり取りも有効です。
- 旅行のチケットや宿泊証明: 共に旅行した際の航空券やホテルの予約確認書など。
- プレゼントの領収書: 互いに贈り合ったプレゼントの領収書など、金銭的な交流を示すもの。
- 海外渡航記録: 日本人配偶者が外国人配偶者の国籍国に渡航した際の航空券、パスポートの出入国スタンプの写しなど。
- 共同生活の実態を示す証拠資料:
- スナップ写真: 日常生活を写したスナップ写真(家の中での食事風景、買い物の様子、近所を散歩する様子など)。
- 公共料金の請求書: 夫婦の名前が連名になっている、または夫婦が同じ住所で生活していることが分かる電気、ガス、水道などの請求書。
- 住民票以外の同居を証明する書類: 転送不要郵便の送付先、宅配便の受取履歴など。
- 家計簿: 夫婦で家計を管理していることが分かる家計簿。
- 共有口座の通帳: 夫婦で共同利用している銀行口座の通帳。
- 互いの家族・友人からの手紙や陳述書: 夫婦が真摯な関係であること、実際に共同生活を送っていることを証言する手紙や陳述書。
- 結婚式の写真や招待状: 結婚式を挙げた場合、その写真や招待状。
- 親族との交流を示す写真や手紙: 互いの両親や兄弟姉妹との交流を示すもの。
- 妊娠・出産に関する書類: 妊娠している場合や、子供がいる場合は母子手帳の写しなど。
行政書士の「説得力」:申請書作成と入管との連携
行政書士は、単に書類を集めるだけでなく、申請書全体のストーリーを組み立て、入管が疑問を抱くであろう点を先回りして補強する「説得力」が求められます。
- 理由書の作成: 申請者の状況に合わせて、婚姻に至るまでの経緯、共同生活の実態、今後の展望などを具体的に記述した理由書を作成します。ここで、交際期間が短い、年齢差が大きい、経済力が低いといった懸念材料がある場合は、その理由を丁寧に説明し、真実性を補完する記述が不可欠です。
- 外国人配偶者との綿密なヒアリング: 申請者本人から詳細な情報を聞き取り、不自然な点がないかを確認します。供述内容の矛盾を防ぐため、日本人配偶者とも連携し、整合性の取れた情報を提供できるよう調整します。外国人雇用における在留資格申請の経験から得た知見も生かされます。
- 入管とのコミュニケーション: 申請中に疑義が生じた場合、入管からの質問状に対し、迅速かつ的確に対応します。必要に応じて、追加資料の提出や再面談の段取りを行います。
偽装結婚が発覚した場合の厳しい結末
偽装結婚が発覚した場合、その結末は極めて厳しいものとなります。外国人材である配偶者は在留資格を取り消され、強制退去の対象となります。一度強制退去になると、日本では長期間入国が許可されなくなる可能性があります。これは、外国人雇用を検討している企業にとっても、対象者の在留状況を慎重に確認する必要があることを示唆しています。
日本人配偶者も、偽装結婚に加担したとして、刑法上の公正証書原本不実記載罪などに問われる可能性があります。これは、実刑を含む重い刑罰が科される可能性のある犯罪です。また、今後、海外への渡航や、別の外国人との婚姻を希望する際にも、大きな支障が生じる可能性があります。
まとめ
国際結婚を通じた在留資格取得は、単に書類を提出すれば認められるものではありません。入管は、偽装結婚を見抜くために多角的な視点から厳格な審査を行っています。真の婚姻関係を証明するためには、出会いから現在に至るまでの経緯、共同生活の実態を裏付ける客観的な証拠を、論理的かつ整合性をもって提示することが不可欠です。
行政書士は、この複雑なプロセスにおいて、申請者の「真実の婚姻」を説得力のある形で入管に伝える、極めて重要な役割を担います。適切な書類と証拠を準備し、入管との円滑なコミュニケーションを図ることで、国際結婚を通じた在留資格取得の成功に大きく貢献できるでしょう。
外国人材の受け入れが拡大する中で、国際結婚は今後も増加が見込まれます。本稿が、外国人雇用に関わる関係者の皆様にとって、国際結婚における在留資格の課題を理解し、適切な対応を講じるための一助となれば幸いです。