日本の物流を支えるトラック業界が今、大きな転換点に立たされています。慢性的なドライバー不足に加え、2024年問題として顕在化した労働時間規制の強化は、業界に抜本的な変革を迫っています。こうした中で、政府は特定技能制度の対象に自動車運送業を加え、外国人ドライバーの受け入れに道を開きました。しかし、この新たな一手は、業界が抱える根深い構造的問題と、そう簡単には馴染まない現実の狭間で揺れ動いています。
多重下請け構造という「業界の壁」
トラック業界の物流は、一般の想像以上に複雑な多重下請け構造によって支えられています。荷主から元請け、さらに一次、二次と幾層もの下請け企業を経て、ようやく末端のドライバーに仕事が届くケースは珍しくありません。この構造は、季節変動や突発的な需要増への柔軟な対応、あるいは特殊輸送の専門性確保といった側面で、確かに効率的な役割を果たしてきました。しかし、その一方で、中間マージンの発生による運賃の低下を招き、結果としてドライバーの労働条件悪化に拍車をかけてきた側面も否定できません。
ドライバー不足に直面した際、多くの運送会社がまず考えるのは、自社で新たなドライバーを雇用するよりも、既存の下請けネットワークを通じて業務を委託することです。これは、外国人ドライバーの採用に伴う初期コストや、受け入れ体制の整備といった負担を回避したいという、経営判断として当然の帰結とも言えます。介護や外食産業のように、人手不足が即座に事業の停止を意味する業界とは異なり、トラック業界には「下請けに流す」という代替手段が存在するため、特定技能外国人ドライバーの導入には慎重な姿勢が見られます。
「言葉の壁」と「荷主至上主義」がもたらす高いハードル
さらに、トラックドライバーの業務は、単に車両を運転するだけではありません。多くの人が見過ごしがちなのが、「言葉の壁」の深刻さです。デポでの荷主との詳細な積み込み指示の確認、配送先での急なルート変更や時間調整、そして万が一の事故発生時における冷静かつ的確な状況説明。これらすべてにおいて、高度な日本語でのコミュニケーション能力が不可欠となります。
日本のトラック業界は「荷主至上主義」の傾向が強く、荷主からの要求は極めて厳格です。わずかな誤解やコミュニケーション不足が、高額な貨物の損害や、信頼関係の破綻、ひいては取引の中止につながるリスクをはらんでいます。例えば、精密機器や生鮮食品といったデリケートな荷物を扱う場合、ドライバーの言葉遣いや態度一つが、そのまま企業の信用に直結しかねません。こうした現場の厳しさが、外国人ドライバーの導入に際して、言葉の壁を乗り越えることの難しさを浮き彫りにしています。
持続可能な物流に向けた多角的な視点
確かに、長期的な視点に立てば、特定技能外国人ドライバーの活用は、ドライバーの高齢化が進む日本のトラック業界にとって不可欠な選択肢となり得ます。特に、定型的な自社デポ間のピストン輸送など、比較的言語の制約が少ない業務から導入を進め、段階的にノウハウを蓄積していくアプローチは有効でしょう。
しかし、その道のりは決して平坦ではありません。多重下請け構造という業界の慣習、そして現場で不可欠となる高度なコミュニケーション能力という課題を乗り越えるには、個々の企業の努力だけでは不十分です。政府は、外国人材の日本語教育支援や生活環境の整備をさらに強化するとともに、運送会社が安心して受け入れられるような具体的な支援策を打ち出す必要があります。
また、荷主側も、適正な運賃の支払いを通じて、業界全体の労働環境改善に寄与する意識を持つべきです。そして、運送会社は、既存の下請け構造に安住することなく、外国人ドライバーの戦力化を見据えた経営戦略を練ることが求められます。
日本の物流システムが持続的に機能していくためには、特定技能外国人ドライバーの潜在能力を最大限に引き出しつつ、業界が長年抱えてきた構造的な課題にも向き合う、多角的な視点からの取り組みが不可欠となるでしょう。