2025年6月10日、経済同友会は少子化対策に関する提言を発表し、その中で保育士不足への対策として外国人保育士の受け入れ拡大を訴えました。具体的には、特定技能1号・2号に保育を追加し、日本特有の文化に対応するための研修体制整備を求めています。
この提言は、労働力不足と少子化対策を最優先課題と捉え、子育てしやすい環境整備の急務を強調しています。しかし、「人が足りないから外国人」という発想は、短絡的で根本的な解決に繋がらない可能性があります。本稿では、この提言に対し、なぜ日本人保育士が不足しているのか、何をまず改善すべきかという視点から考察します。
目次
安易な「外国人依存」が抱える問題点
経済同友会の提言は、現在の家庭が「制度があっても使えない社会構造」にあると指摘しており、その危機感は理解できます。しかし、その解決策として真っ先に外国人保育士の受け入れが挙がることに、私たちは立ち止まって考えるべきです。
なぜ日本人保育士のなり手が少ないのか?
日本人保育士が不足している主な理由は、給与水準の低さ、長時間労働、責任の重さ、精神的負担の大きさにあります。厚生労働省の調査(令和4年賃金構造基本統計調査)を見ても、保育士の平均給与は全産業平均より低い水準です。早朝から夜遅くまでの勤務に加え、持ち帰り残業も少なくありません。子どもの命を預かる重責、保護者対応、多岐にわたる事務作業など、業務負担も大きいのが現状です。
このような状況で、給与や労働環境を抜本的に改善せず外国人材に依存することは、日本人にとって保育士という職業が魅力のないままであることを容認しているに他なりません。
「何でもかんでも外国人」が招く歪み
外国人材の活用そのものは多様な社会に繋がりますが、「日本人になり手がないから仕方なく」という前提では問題が生じます。言語や文化の違いによるコミュニケーションの問題、外国人保育士に対する十分な研修体制の確保、そして何よりも「外国人だから低賃金でも仕方ない」といった差別的な構造を生み出す可能性があります。
経済同友会は「日本特有の価値観や文化に対応するための研修体制の整備」を求めていますが、語学や文化研修だけでは日本の保育現場特有の「阿吽の呼吸」や保護者との密な連携、地域コミュニティとの関わりといった、深い部分まで対応することは難しいでしょう。もし外国人保育士が日本人保育士と同等の業務を、同等以上の質で提供できるのであれば、賃金も同等であるべきです。しかし、それが公正に行われるかという疑問は残ります。
まずは日本人保育士が働きやすい環境を
「子育てしやすい環境の整備」が急務であるならば、まずは**「保育士が子育てしやすい環境」** を整えることが最優先です。経済同友会は、自治体による過剰なローカル規制の見直しを提言していますが、それ以上に重要なのは**「現場で働く保育士の処遇改善」** です。
処遇改善の徹底と賃上げ
経済同友会は、学童指導員の処遇改善を求めていますが、これは保育士にも同様に言えることです。子どもたちの成長を支える重要な役割に見合った賃金が支払われるべきであり、具体的な賃上げ目標を設定し、それを実現するための財源確保に国が責任を持つべきです。
労働時間短縮と負担軽減
長時間労働の是正は急務です。ICT導入による事務作業効率化、持ち帰り業務の削減、休憩時間の確保など、労働時間を短縮するための具体的な施策が必要です。また、保育補助者の配置基準の見直しや、保育士の業務内容の明確化も不可欠でしょう。
多様化する保育ニーズへの対応と専門性の向上
経済同友会は、障害児などの受け入れ体制における国の統一的な加配基準設定と財政支援の重要性を訴えています。これは共生社会を目指す上で非常に重要な指摘ですが、十分な専門性を持つ支援員の確保が必要です。保育士の専門性を高めるための研修機会拡充や、専門職としてのキャリアパスの明確化は、日本人保育士の定着率向上にも繋がります。
「年収の壁」見直しなど、働き方の柔軟性向上
提言に含まれる「年収の壁」の見直しや、ベビーシッター・家事支援サービスの活用促進は、子育て中の女性が働きやすい環境を整備する上で重要です。特に「年収の壁」は、潜在的な労働力活用を阻害しており、見直しは人手不足解消に貢献する可能性があります。
持続可能な社会のために
経済同友会の提言は、少子化問題への危機感を共有し、具体的な提言を行っている点は評価できます。しかし、その根底にある「外国人依存」の姿勢は、根本的な問題解決から目を逸らしていると言わざるを得ません。
日本が目指すべきは、安価な労働力に依存する社会ではなく、すべての働く人々が公正に評価され、安心して働き続けられる社会です。そのためには、外国人材の受け入れを検討する前に、まず自国の労働市場、特に保育分野における構造的な問題を解決する必要があります。
日本人保育士が「この仕事を選んでよかった」「長く働き続けたい」と思えるような環境を整備すること。それが結果として保育の質の向上に繋がり、ひいては子育て世帯が安心して子どもを産み育てられる社会、つまり少子化対策の実現に繋がるでしょう。
「何でもかんでも外国人」という安易な選択に走るのではなく、「なぜ日本人になり手がいないのか」「何をまず改善しなければならないのか」 を真剣に問い直し、国内の労働環境を魅力的なものにすること。それが、持続可能な社会を築くための、最も重要な一歩だと考えます。