技能実習制度:廃止後の盲点?育成就労に移行しない“旧実習生”が抱える不法就労化リスクと政府フォローアップの課題

食品生産ラインで働く技能実習生たち

現行の技能実習制度は、人権侵害や強制労働の温床という批判を受け、育成就労制度へと移行・廃止される方向で準備が進められています。しかし、この新制度への移行は、現在すでに日本国内に滞在している約40万人もの技能実習生、特に新制度への移行要件を満たさない(または移行を望まない)「旧実習生」に対する、新たな在留管理の盲点を生み出す可能性があります。

新制度への移行期間中、政府はこれらの旧実習生に対するフォローアップ体制を確立しなければ、大量の不法就労者や不法滞在者を発生させるという深刻なリスクに直面します。


「旧実習生」が抱える二重のリスク

新制度が開始された後も、技能実習の在留期間が残っている、または期間を終えようとしている実習生は、以下の二重のリスクを抱えることになります。

借金と「帰国できない」プレッシャー

技能実習生の中には、来日時の渡航費や送り出し機関への手数料を借金で賄っているケースが依然として多く存在します。

  • 新制度への移行拒否: 育成就労制度への移行を望まない、あるいは移行要件(日本語能力など)を満たせない実習生は、在留期間が終われば帰国するしかありません。
  • 「失踪」という選択: 帰国しても借金が残る状況下で、在留期限が迫ると、「借金返済のために非合法でも稼ぐ」という動機から、失踪し不法就労を選ぶ可能性が高くなります。これは、技能実習制度が長年抱えてきた、構造的な問題の「最終的な放出」を意味します。

監理団体の機能停止によるサポートの欠如

技能実習制度が廃止されれば、監理団体(旧実習生を管理・サポートしていた組織)の役割は徐々に停止に向かいます。

  • 支援の空白: 監理団体が新制度への移行に注力する、あるいは業務を縮小する中で、旧制度下にある実習生に対する生活指導や労働環境のチェック、メンタルヘルスサポートといった支援が手薄になる「空白期間」が発生します。
  • 情報の孤立: 制度移行に関する正しい情報が届かず、不安や誤解から、実習生が孤立しやすくなります。

政府のフォローアップ体制の「課題」と「盲点」

不法就労化リスクを最小限に抑えるには、政府(法務省・厚生労働省)による「移行期間中の実習生に対する積極的な介入と監視」が不可欠ですが、現在のフォローアップ体制には大きな課題があります。

課題(盲点)発生するリスク
個別情報把握の困難さ政府は、各実習生が「現在どの程度の借金を抱えているか」「母国へ送金できているか」といった、失踪の動機に直結する個別具体的な財務情報を把握できていません。
監理団体依存の限界旧制度下の実習生の情報は、依然として監理団体を通じて間接的に把握されており、団体の機能が低下すれば、実態を把握する術を失います。
「出口」の提示の不足育成就労制度への「移行できない」実習生に対し、帰国後の借金解消や再就職支援といった「帰国するための安全な出口」が国策として提示されていません。

これらの課題を放置すれば、制度移行の混乱に乗じて、不法就労を斡旋する悪質なブローカーが旧実習生に接触する機会が増加し、日本の治安と労働市場の秩序が乱れることになります。

「廃止後」を見据えた緊急対策の提言

技能実習制度の廃止を成功させることは、人権問題の解消だけでなく、日本の在留管理の信頼性を回復するために不可欠です。政府は、以下の緊急対策を講じるべきです。

  1. 「借金清算」支援プログラムの創設:失踪の最大の動機である借金問題に対し、国が主体となり、実習生が負うべき借金残高を査定し、返済支援や低利融資への借り換えを仲介するプログラムを緊急で創設する。これにより、帰国への心理的障壁を取り除く。
  2. 実習生への「直接情報提供」の徹底:監理団体を介さず、法務省や入管庁が直接、多言語のオンラインプラットフォームを立ち上げ、旧実習生に対し、新制度の移行要件、帰国支援策、相談窓口などの正確な情報を届ける義務を負う。
  3. 「失踪予備軍」に対する重点的なフォローアップ:賃金不払い、労働時間の長期化など、失踪リスクの高い要因が確認された実習生(または企業)を抽出し、入管庁と労働基準監督署が連携して、移行期間中の監査を強化する。

技能実習制度の「廃止」は、単なる法改正ではなく、人権問題の清算です。その清算が不法就労者の大量発生という形で社会にツケを回すことがないよう、「廃止後」を見据えた綿密かつ積極的な管理体制の構築が、今、強く求められています。