2027年にも導入が予定されている新しい在留資格「育成就労制度」は、これまでの「技能実習制度」の最大の問題点であった人権侵害や強制労働を防ぐために創設されます。
この新制度の柱は、「転籍(転職)の自由化」です。しかし、この人権保護のための施策が、日本の人手不足を支えてきた地方の中小企業に対し、新たな経営リスクを突きつけています。
新制度が企業に求める「初期投資」の明確化
旧制度では、外国人材が自ら渡航費や送出し機関への手数料を負担し、借金をして来日するケースが少なくありませんでした。育成就労制度では、この「借金漬け来日」を防ぐため、受け入れ企業側に、人材の「育成」と「費用負担」を強く求めます。
企業が人材をゼロから育成するために負う、具体的な「初期コスト」は以下の通りです。
| 費用項目 | 企業が負担するコスト(目安) | 発生するリスク |
| 渡航費・手数料 | 1人あたり 15万円〜30万円 | 従来、外国人材が負担していた費用を企業が肩代わり。 |
| 入国後の研修・住居 | 1人あたり 10万円〜20万円 | 日本での生活準備や、日本語・日本のルール研修費用。 |
| 日本語教育・技能教育 | 1人あたり 年間5万円〜15万円 | 転籍要件となる日本語能力向上への支援コスト。 |
| 合計(3年間) | 実質コストは50万円〜100万円/人に及ぶ | 最初の3年間で集中的に投資が必要となる。 |
つまり、中小企業は、外国人材を即戦力として期待する前に、まず1人あたり数十万円から100万円規模の「育成投資」を行うことが、この制度の前提となります。
転籍自由化がもたらす構造的な「ババ抜き」
旧制度(技能実習)では、原則として転職が許されていませんでした。このため、企業は初期投資をすれば、最長5年間は人材を確保し、投資を回収(リターンを得る)することが可能でした。
しかし、育成就労制度では、原則1年または2年が経過すれば、外国人材はより良い賃金や労働条件を求めて、自由に他の企業へ転籍(転職)できるようになります。
中小企業が抱える「コスト回収不能」リスク
地方や中小零細企業は、大手企業と比較して賃金水準が低く、福利厚生も劣る傾向にあります。
- 育成期間後の流出: 中小企業が1年〜2年かけて、費用を投じて日本語と専門技能を教え、ようやく戦力化した途端、より待遇の良い大都市の大企業や、より高賃金の競合他社へ転籍されてしまう可能性が高まります。
- 投資の回収失敗: 企業は、育成に費やした数十万円のコストと、教育にかかった時間と労力を一切回収できません。
- 「ババ抜き」の勝者と敗者:
- 「勝ち組」企業(主に大都市・大企業): 育成コストを負担せずに、地方の中小企業が育てた、既に日本語も技能も身につけた「完成品」の人材を、高い賃金で引き抜くことができます。
- 「負け組」企業(主に地方・中小企業): 「人材の養成所」としての役割だけを担い、投資した人材が次々と流出していく「コストセンター」と化します。
育成就労制度は、人権保護という大義名分のもと、「人材育成コストの負担」と「人材の囲い込みの自由」という相反する要素を、中小企業側に不利な形で押しつける構造を生み出すのです。
日本の地方経済を守るための提言
この構造的な「ババ抜き」によって地方の優良な中小企業が疲弊すれば、日本の人手不足はさらに深刻化します。このリスクを回避するためには、以下の対策が不可欠です。
- 地方・中小企業への「育成費用」助成金: 国が、転籍リスクを負う地方の中小企業に対し、育成コスト(渡航費など)の一部または全額を「助成金」として補填し、企業の負担を軽減する。
- 地方定着インセンティブの付与: 転籍せず、一定期間(3年や5年)地方に定着した外国人材に対し、永住権審査の優遇や奨励金を支給するなど、「地方にとどまるメリット」を国が保証する。
- 転籍先の「賃金・待遇」透明化: 転籍先の企業は、転籍元企業の賃金水準と比較し、一定水準以上の昇給を義務付けるなど、「単なる引き抜き」ではないキャリアアップを担保する仕組みを導入する。
育成就労制度は、日本社会の持続可能性を問う重要な制度です。人権保護と地方経済の維持という二つの使命を両立させるために、中小企業に「育成投資」のリスクだけを負わせる現行の設計を見直す必要があります。










