鉄道分野に「特定技能」を追加、深刻な人手不足が鮮明に インフラ維持へ外国人材の受け入れへ

駅の様子

政府は2024年3月、外国人材を受け入れる在留資格「特定技能」の対象範囲に、新たに「鉄道」分野を追加することを閣議決定しました。少子高齢化に伴う深刻な労働力不足は、かつて「安定した職業」の代名詞でもあった鉄道業界をも直撃しています。日本の動脈を支える現場の現状は、日本社会全体が直面する構造的課題の縮図とも言えるでしょう。


背景にある「労働力なき社会」への危機感

鉄道業界が外国人材の受け入れへと舵を切った背景には、危機的な採用難があります。厚生労働省の統計によれば、交通・輸送業の有効求人倍率は全産業平均を大きく上回る水準で推移しています。

かつて鉄道会社は、地域の花形企業として高い人気を誇っていました。しかし現在は、人口減少による若年層の不足に加え、深夜・早朝勤務や土日出勤が常態化する勤務形態が、ワークライフバランスを重視する現代の求職者に敬遠される要因となっています。現場では、高度な技術を持つ熟練層が定年退職を迎える一方で、技術継承を担う若手が不足する「技能の断絶」が現実味を帯びています。


運行から保線まで、広がる受け入れ範囲

今回の決定により、鉄道分野で受け入れが可能となる業務は、多岐にわたります。政府は今後5年間で、最大3,800人の受け入れを見込んでいます(出入国管理庁ホームページ)。

  • 軌道整備: 軌道等の新設、改良、修繕に係る作業・検査業務等
  • 電気設備整備: 電路設備、変電所等設備、電気機器等設備、信号保安設備、保安通信設備、踏切保安設備等の新設、改良、修繕に係る作業・検査業務等
  • 車両整備: 鉄道車両の整備業務等
  • 車両製造: 鉄道車両、鉄道車両部品等の製造業務等
  • 運輸係員: 駅係員、車掌、運転士等

特に夜間の保守作業や、真夏の炎天下での作業など、身体的負担の大きい部門での活躍が期待されています。


安全確保と「共生」という高い壁

一方で、安全を最優先とする鉄道事業において、外国人材の活用には慎重な声も根強くあります。特に、緊急時に迅速かつ正確な日本語でのコミュニケーションをとる能力が不可欠となります。事故発生時の情報共有や乗客の避難誘導など、言葉の壁が安全性を損なう懸念については、今後厳格な試験や教育体制の構築が求められます。

また、単なる労働力の補填として扱うのではなく、住居支援や地域コミュニティーとの融和など、長期的な「共生」の視点を持った環境整備も急務です。待遇の改善や、IT・AI技術を活用した業務効率化を並行して進めなければ、日本人・外国人を問わず人材の定着は難しいのが実情です。


日本社会への警鐘、問われる覚悟

専門家は、今回の措置を「公共交通を維持するための応急処置」と位置付けています。鉄道業界の人手不足は、建設や介護、農業と同様に、これまでの日本の人口政策や労働構造が限界に達したことを示唆しています。

「特定技能」の拡大は、日本が外国人材の力を借りなければ社会インフラを維持できない段階に入ったことを象徴しています。鉄道という日本の誇るべきシステムを守り抜くためには、制度の導入にとどまらず、労働環境の抜本的な再構築と、多文化共生社会への真摯な覚悟が問われています。