中国人労働者は日本から消えたのか?台湾を巡る緊張と経済成長の裏側で進む「人材の逆転現象」

がらんとした大阪国際空港国際線到着ロビー

かつて、日本の製造業や農業の現場を支える主要な外国人材は中国から来日した人々でした。しかし、近年、街中で見かける外国人労働者の顔ぶれは、ベトナム、ネパール、フィリピン、インドネシアといった東南アジア・南アジア諸国が主流となっています。

この変化の背景には、中国自身の急激な経済発展と、それによる賃金水準の逆転という、日本の労働市場における構造的な変化があります。中国との地政学的緊張が高まる中、日本の「稼ぎ場」としての魅力は、中国人にとって過去のものとなりつつあるのです。


技能実習制度の「主役交代」が示す構造変化

かつて技能実習生の出身国でトップだった中国は、現在、圧倒的にベトナムが主流となり、その地位を大きく下げています。

出身国2010年代初頭の状況現在(2024年時点)の状況
中国技能実習生のトップ。製造業分野を中心に、日本の労働市場を支えた。順位を大きく下げ、東南アジア諸国の後塵を拝している。
東南アジア増加傾向にあったが、中国がトップだった。ベトナムが圧倒的トップ。インドネシア、フィリピンなどが主要な送り出し国に。


上海で働いた方が賃金がいいという「現実」

中国人労働者が日本を「稼ぎ場」として選ばなくなった最大の理由は、賃金水準の逆転にあります。

  • 都市部の賃金高騰: 上海や北京、広州といった中国の主要都市の賃金水準は、日本の地方や中小企業の賃金(特に技能実習生や特定技能1号レベルの賃金)を上回るケースが増えています。
  • 為替の影響: 歴史的な円安が、この賃金格差をさらに決定的なものにしました。日本で稼いだ円を元に換金して母国に送金しても、かつてのような大きなメリットを得られなくなったのです。

そのため、現在、技能実習や育成就労といった労働集約型の在留資格で日本に来る中国人材は、賃金水準が低い内陸部や地方出身者に限定されつつあります。

特定技能・他の在留資格における中国人の位置づけ

では、中国人材は日本の労働市場から完全にいなくなったのでしょうか。答えは「No」です。彼らは「労働力」から「高度人材・専門人材」へと、その役割を劇的にシフトさせています。

① 特定技能:極めて少ない存在感

2024年時点の特定技能制度の国籍別統計を見ても、中国はベトナムやインドネシアに比べて圧倒的に数が少なく、特定技能の主役は東南アジアという構図が明確です。これは、特定技能が主として賃金水準が高くない分野(介護、飲食、製造など)を対象としているため、中国の優秀な人材にとっては魅力が低いことを示しています。

② 技術・人文知識・国際業務(技人国)ビザ:増加傾向

中国人の労働力は、「技術・人文知識・国際業務」ビザ(いわゆる「技人国」ビザ、ホワイトカラーの専門職)や高度専門職ビザといった、高い専門性や技術力が求められる分野で、依然として重要な位置を占めています。

  • IT・金融・研究開発: 優秀な中国人留学生は、日本の大学院を卒業した後、国内のIT企業や金融機関、メーカーの研究開発部門といった高賃金・高付加価値分野に就職しています。
  • 管理職・通訳: 在日中国人コミュニティや、日中間の貿易・ビジネスに不可欠な管理職や通訳・翻訳といった分野でも、中国人の存在感は抜群です。

彼らは、「日本に稼ぎに来る労働者」ではなく、「日本の高度な専門職としてキャリアを築く専門家」へと役割を変えました。

地政学的緊張下での「人材戦略」の課題

台湾を巡る地政学的な緊張が高まる中で、日本の外国人材戦略は、中国からの「労働力」依存から脱却し、「高度な専門性」を持つ人材は確保し続けるという、二極化した戦略に立たされています。

  • リスクヘッジの推進: 労働力(特定技能など)の供給源を、ベトナムやインドネシアといった地政学的リスクの低い東南アジア諸国へ集中させることは、日本のサプライチェーン維持のためのリスクヘッジとして機能しています。
  • 「高度人材」の再定義: 日本は、賃金水準で中国のトップ都市に太刀打ちできない以上、「給与以外の魅力」、すなわち永住のしやすさや、生活環境、治安の良さといった要素で、中国人を含むグローバルな高度人材を惹きつけ続ける必要があります。

結論として、かつて日本の現場を支えた「労働力」としての中国人材は、ほとんどが東南アジア系に置き換わったと言えます。しかし、彼らは「高度人材」として、日本のイノベーションを支える別の上層部にポジションを変え、依然として日本の経済において重要な役割を担い続けているのです。