日本の外国人材受け入れ政策の中核である在留資格「特定技能」において、構造的な転換が起きています。制度開始以来、圧倒的な存在感を放ってきたベトナム人材の伸び率が大幅に鈍化し、制度開始直後を除き初めて在留者全体のシェアが半数を割りました。
この背景には、ベトナムの経済成長や台湾との競争激化に加え、「多大な借金を背負わせる」といった旧態依然とした送り出しの悪習が特定技能制度で機能しづらくなったことなど、複雑な要因が絡み合っています。本記事では、この変化の実態と、今後加速する多国籍化への対応策を解説します。
目次
「圧倒的供給源」の失速:成長鈍化とシェア急落
2025年6月末時点の統計は、ベトナム人材の成長鈍化を明確に示しています。
- ベトナム人材の伸び率は前年比15%増に留まり、特定技能全体の伸び率(32%)を大きく下回りました。
- その結果、特定技能1号全体に占めるベトナム人の比率は44%となり、かつて60%前後を占めていたシェアが急落しました。
これまで特定技能の増加を牽引してきた元技能実習生(資格変更組)の71%を占めるベトナム人材は、「特定技能への最大の移行層」として機能してきましたが、その母体が飽和状態に入りつつあることを示唆しています。
ベトナム人材の伸び悩みを招いた「二つの浄化」
ベトナム人材のシェア低下は、単純な経済的要因だけでなく、過去の「技能実習制度の負の遺産」が特定技能制度で通用しなくなった「浄化作用」の結果でもあります。
① 旧制度の悪習:多額の借金と失踪の連鎖
技能実習制度の下では、一部の送り出し機関が実習生に多額の借金(保証金や不透明な手数料)を負わせる慣行が蔓延していました。これが実習生を職場に縛り付け、劣悪な環境での就労や、最終的な「失踪」という軋轢を生む大きな原因となっていました。
特定技能制度では、こうした中間業者を介した不当な費用徴収に対する規制が強化され、費用負担を軽減する仕組みが導入されました。この制度的な浄化により、多額の借金を強いるような「非人道的な仲介機能」が機能しづらくなったことも、安易な送り出しの伸びを抑える一因となっています。
② 台湾との競争激化と「就労ハードル」
ベトナムからの送り出し先として、台湾の存在感が強まっています。日本の特定技能1号で働くには、長期間(9カ月以上)の日本語の無給学習を求められるケースが多く、経済的・時間的なハードルが高いのが実情です。
一方、台湾は実務経験を重視し、準備期間が2~3カ月で済むケースもあり、この「就労までのハードルの低さ」が、円安と相まってベトナム人材の選択肢を台湾へとシフトさせています。
日本企業が急ぐべき「多国籍採用」への戦略転換
ベトナムの伸び悩みは、日本企業に対して「一国依存」のリスクを回避し、採用戦略を抜本的に見直すよう迫っています。
| 国籍 | 在留者数(人) | 前年比伸び率 | 背景にある戦略 |
| インドネシア | 69,384 | 57%増 | 日系製造業の進出と安定した供給ルートによる採用集中 |
| ミャンマー | 35,557 | 87%増 | 介護・外食業での採用活発化(※ただし現地政情リスクあり) |
| ネパール | 9,329 | 73%増 | 日本国内の留学生の特定技能への資格変更による急増 |
今後、ミャンマーの出国制限といった地政学的なリスクが表面化する中、インドネシアへの依存度が高まる可能性は非常に高いと見られています。
業界関係者は、「ベトナム人材は今後も増加するが、シェアの低下は避けられない」と分析しており、企業はもはや「特定技能はベトナム頼みで良い」という時代ではないことを認識しなければなりません。多国籍化を前提とした採用戦略への転換と、「不透明な費用徴収」や「劣悪な労働環境」といった不正の温床を排除する取り組みこそが、外国人材の安定的な確保に向けた最重要課題となっています。









