出入国在留管理庁「在留外国人統計」によると、令和7年(2025年)末のインドネシア国籍者は26万6,069人で、前年からの増加数は6万6,245人とネパールに次ぐ2位でした。特定技能でも、令和7年12月末の速報値でインドネシアは8万6,955人(全体の22.3%)とベトナムに次ぐ2位です。インドネシアは世界最大のムスリム人口を擁する国であり、バングラデシュやパキスタンなども含め、イスラム教を信仰する人材の受け入れは、もはや一部の大企業に限った話ではありません。本稿では専門知識がなくても明日から回せる実務に絞り、要点を整理します。
配慮の本質は「設備」ではなく「確認」
結論から述べます。本質となるのは、立派な礼拝室やハラール認証の取得ではありません。揉めやすい論点を採用前後に確認し、自社で「できること・できないこと」をあらかじめ示しておくことです。配慮の中身は人によって変えてよいのですが、確認の手順は標準化しておくべきだ、という発想です。
前提として、信仰の実践には個人差・宗派差が大きいことを必ず押さえてください。1日5回の礼拝(サラート)を厳格に守る人もいれば、礼拝のタイミングや必要な時間の取り方は人それぞれです。服装や食事の厳格さも一様ではありません。だからこそ「ムスリムだから一律にこうする」と決め打ちするのではなく、本人に尋ねる手順を持つことが出発点になります。
職場で衝突しやすい4つの場面
実務で摩擦が起きやすいのは、主に次の4場面に集約されます。第一に食事と懇親会です。代表的な禁忌(ハラーム)が豚肉とアルコールで、これにはゼラチンやラードなど豚由来成分、調味料のみりんや料理酒も含まれ得ます。宗教上の処理を経ていない肉が避けられる場合もあります。歓迎会を居酒屋で開き、豚料理やお酌を前提にする ― これは悪気がなくても本人を追い詰めます。お酌や乾杯の強要は避け、参加可否は本人に委ねるのが原則です。
第二に礼拝と休憩場所、第三にラマダン(断食月)中の勤務、第四に身体接触と男女の距離感です。握手や肩をたたく行為、異性との距離の取り方には文化差があり、特に異性間で握手を控える人もいます。良かれと思った接触がかえって失礼になり得る点は知っておくべきでしょう。
| 場面 | 避けたいこと | 本人に確認すること | すぐできる低コスト対応 |
| 食事・ 懇親会 |
豚・酒を前提にした店選び、お酌や乾杯の強要 | 食べられない食材、原材料表示がどこまで必要か | メニュー事前共有、ノンアル飲料の用意、弁当持参の許可 |
| 礼拝・ 休憩場所 |
人目の多い場所しかなく落ち着いて行えない状態 | 礼拝の頻度、金曜礼拝の希望、必要な場所と時間 | 空き会議室の時間貸し、方角の表示、清めに使える水回りの案内 |
| ラマダン | 炎天下の重作業を断食中に集中させる、体調の放置 | 断食の有無、勤務やシフトで希望する調整 | 朝礼での体調確認、重作業の時間帯調整、休憩の柔軟運用 |
| 接触・ 距離感 |
異性への安易な握手や身体接触、宗教を茶化す言動 | 挨拶の作法、配慮してほしい場面 | 会釈中心の挨拶、管理者間での情報共有 |
「会社が示す」と「本人が判断する」の線引き
注意したいのは、確認を「本人任せ」と取り違えないことです。新入りの外国人材が、社長や上司に「金曜に礼拝へ行きたい」「この成分は食べられない」と自ら切り出すのは容易ではありません。我慢を重ねた末の突然の離職を避けるには、会社の側が先に「当社でできること」を示す必要があります。
そのうえで、会社が担うことと本人に委ねることを分けて考えます。会社が担うのは、相談の機会づくり、就業ルールの透明化、強要をしない環境の整備です。一方、信仰の厳格さや原材料の許容範囲、礼拝の頻度といった実践の度合いは本人の判断に委ねます。弁当などで会社が成分を完全には保証しきれない場合も、情報を示したうえで本人が選べるようにすることが、現実的な落としどころです。
公的調査が示す「無理のない範囲」
総務省中部管区行政評価局が平成29年に公表した調査(管内6県のムスリムが多い事業所等が対象、やや古い点に留意)では、調査対象20事業所のうち14事業所(70.0%)が礼拝への、13事業所(65.0%)が食事への配慮を行っていました。事例も大がかりなものばかりではありません。工場の未使用室を礼拝場所に開放した町工場、社員食堂のメニューに豚肉・牛肉の使用を英語とイラストで表示した企業など、既存の資源を少し工夫した例が並びます。礼拝の方角(キブラ)は、日本からはおおむね西北西が目安です。スマートフォンのアプリでも確認でき、壁に小さな矢印を貼るだけでも、本人にとっては大きな安心になります。
日本人社員の納得感をセットで設計する
もう一つ欠かせないのが、周囲の日本人社員の納得感です。礼拝のための短時間の中抜けが「特定の人だけの特権」に見えると、職場に不公平感が生まれます。製造ラインでは離席がライン停止や同僚の負担増に直結するため、「低コスト」と言い切れない場面もあります。だからこそ、短時間離席の扱い自体を就業ルールで明文化し、休憩の取り方の一つとして誰にでも開かれた枠組みに整えることが有効です。配慮を個別の温情ではなく制度として運用すれば、周囲の理解も得やすくなります。
2027年4月施行予定の育成就労制度を控え、ムスリム圏からの人材は今後も増加傾向が続く可能性があります。求められるのは宗教の専門家になることではなく、確認の手順を一つ持つこと。「何か配慮してほしいことはありますか」と尋ねる一言から、双方向の関係は始まります。










