特定技能「運送」新設の裏側で進む抜け道?技能実習制度の目的外利用の実態と改善策

中央高速自動車道を走っている3台の長距離トラック

深刻な人手不足が叫ばれる日本の運送業界に、新たな外国人材の受け入れの道が開かれました。2024年12月、特定技能の対象分野に「自動車運転者」が追加されたことは、長年ドライバー不足に悩んできた現場にとって、まさに朗報と言えるでしょう。しかし、この制度を利用した外国人ドライバーの受け入れには、外国で取得した運転免許を日本の免許に切り替えるという、決して低くないハードルが存在します。

そんな中、一部で囁かれているのが、技能実習制度を迂回ルートとして利用し、外国人労働者をドライバーとして日本で働かせようとする動きです。具体的には、「工業包装」などの職種で技能実習生として入国させた外国人に、日本で運転に関する知識や技能を習得させ、特定技能「自動車運転者」の試験を受験させるというものです。

果たして、このような試みは、技能実習制度が本来持つべき目的と合致するのでしょうか?もしそうでないとしたら、なぜこのような抜け道的な利用が生まれてしまうのでしょうか?そして、この状況を改善するためには、どのような対策が必要なのでしょうか?本稿では、これらの疑問について深く掘り下げ、日本の外国人材受け入れの現状と課題、そしてより健全な制度運用に向けた提言を行います。


技能実習制度とは?その本来の目的と現状

まず、技能実習制度とはどのような制度なのでしょうか?その根幹にあるのは、開発途上国等の外国人が、日本の進んだ技能、技術又は知識を修得し、母国の経済発展に役立てるという国際協力の精神です。労働力不足を補うための制度ではない、という点をまず明確にしておく必要があります。

制度の対象となる職種は多岐にわたり、製造業、建設業、農業、漁業、介護など、現在89の職種・作業が定められています。実習生は、日本で一定期間(最長5年間)働きながら、実践的な技能を学びます。受け入れ企業は、実習生に対して適切な指導を行い、技能習得を支援する義務を負っています。

しかしながら、近年、技能実習制度は、その本来の目的とは異なる形で利用されるケースが散見されるようになっています。低賃金で労働力を確保したい一部の企業が、制度を労働力不足の解消手段として捉え、実習生に十分な技能指導を行わない、あるいは劣悪な労働環境で働かせるといった問題が指摘されています。このような現状を踏まえると、今回の「工業包装」技能実習からのドライバー転身という動きも、制度の趣旨が改めて問われる事例と言えるでしょう。

特定技能「運送」の新設と外国免許切り替えの壁

一方、特定技能制度は、深刻化する人手不足に対応するため、一定の技能を有する外国人を労働者として受け入れることを目的とした制度です。2019年に創設され、現在16の分野で外国人材の受け入れが進められています。

そして、2024年12月、新たに「自動車運転者」の分野が追加されました。これは、トラック、バス、タクシーなどのドライバー不足が深刻な状況を反映したものです。特定技能「自動車運転者」として働くためには、一定の日本語能力に加え、運転に関する技能試験に合格する必要があります。

ここで大きな壁となるのが、外国で取得した運転免許から日本の運転免許への切り替え手続きです。日本の運転免許制度は、交通ルールや運転マナーにおいて独自の基準を持っており、外国の免許をそのまま認めるわけではありません。切り替えには、学科試験や技能試験、場合によっては事前の講習受講などが求められます。

特に、トラックやバスの運転に必要な大型免許や二種免許については、その難易度も高く、海外で長年の運転経験を持つ外国人であっても、日本の免許を取得するまでに相当な時間と労力を要する場合があります。この免許切り替えのハードルの高さが、企業側にとって外国人ドライバーの即戦力としての活用を阻む要因の一つとなっていることは否定できません。

なぜ「工業包装」技能実習からのドライバー転身が起こるのか?その背景にある理由

では、なぜ「工業包装」の技能実習生として入国した外国人を、特定技能のドライバーにしようという動きが出てくるのでしょうか?その背景には、以下のような複数の理由が考えられます。

深刻な運送業界の人手不足

根本的な理由として、日本の運送業界における深刻な人手不足が挙げられます。少子高齢化による労働力人口の減少に加え、長時間労働や不規則な勤務体系、そしてそれに伴う賃金の低さなど、労働環境の厳しさが若年層を中心に敬遠される要因となっています。この人手不足を解消するため、新たな労働力として外国人材に期待が集まっているのです。

外国免許切り替えのハードルの高さ

前述の通り、外国で取得した運転免許から日本の免許への切り替えは、時間と労力を要する煩雑な手続きが必要です。特に、業務に必要な大型免許や二種免許の取得は難易度が高く、外国人にとっては大きな障壁となります。このため、企業側としては、免許切り替えの手間を省き、比較的容易に就労させられる方法を模索する動機が生まれます。

技能実習制度の比較的容易な活用という誤解

一部には、技能実習制度は特定技能制度と比較して、受け入れの要件が比較的緩やかであるという誤解が存在する可能性があります。実際には、技能実習生を受け入れる企業や監理団体には、様々な義務が課せられており、決して安易に利用できる制度ではありません。しかし、「工業包装」のような比較的広範な職種であれば、受け入れのハードルが低いと感じる企業もあるかもしれません。

制度の隙間と解釈の余地

技能実習制度から特定技能制度への移行は、一定の条件を満たせば認められています。しかし、その際の職種の関連性や、技能実習で習得した技能が特定技能の業務にどのように活かされるのかといった点が、必ずしも明確に定義されているとは言えません。この制度の隙間や解釈の余地が、今回のケースのように、本来の趣旨とは異なる職種への移行を可能にしてしまっている可能性があります。

企業側のコスト意識

外国人労働者の受け入れには、様々なコストがかかります。技能実習生の場合、特定技能の労働者と比較して、賃金水準が低いと認識されている場合があります。初期費用や手続きの簡便さなども考慮すると、企業側にとって、まずは技能実習生として受け入れ、その後特定技能に移行させる方が、コスト的に有利であると考えるケースも考えられます。

入国後の外免切替期間の制約というリスクファクター

特定技能「自動車運転者」の資格で入国する場合、多くの場合、入国後6ヶ月間の「特定活動」ビザが付与され、その間に日本の運転免許への切り替えを行う必要があります。しかし、この6ヶ月という期間は、外国人にとって必ずしも十分とは言えません

言語の壁、日本の交通ルールの理解、そして煩雑な手続きなど、様々な要因によって免許切り替えに時間を要するケースがあります。もしこの6ヶ月の間に免許切り替えが完了できない場合、原則として本国へ帰国しなければならないというシステムは、外国人労働者本人だけでなく、受け入れ企業にとっても大きなリスクとなります。

せっかく採用した人材が、免許を取得できないという理由で短期間で帰国せざるを得なくなれば、企業は再び人材を探す手間とコストを負うことになります。また、外国人労働者自身も、日本での就労を希望して来日したにもかかわらず、その機会を失ってしまうことになります。

この入国後の免許切り替え期間の制約が、企業側にとって、技能実習制度や、今後導入される「育成就労」制度を利用して、より早い段階から運転に関する知識や技能を習得させようとするインセンティブになる可能性も考えられます。

この試みは技能実習制度の趣旨に反するのか?専門家の見解

結論から言えば、技能実習制度を利用して日本に受け入れた外国人を、当初から特定技能のドライバーとして働かせることを目的とするような試みは、技能実習制度の本来の趣旨に反する可能性が極めて高いと言わざるを得ません。

技能実習制度は、あくまで開発途上国への技能移転を目的とした国際協力の制度です。「工業包装」という職種で受け入れた外国人に、日本で運転に関する知識や技能を習得させ、最終的にドライバーとして就労させるというのは、明らかに技能移転という目的から逸脱しています。

また、「工業包装」と「自動車運転者」は、必要とされる技能や知識が大きく異なります。技能実習で習得する技能が、その後の特定技能での業務に直接活かされるとは考えにくいでしょう。これは、技能実習制度における「技能等の関連性」という要件を満たさない可能性が高いと言えます。

さらに、外国免許の切り替えのハードルが高いという理由で、技能実習制度を特定技能への移行の抜け道として利用することは、制度の趣旨を歪める行為であり、適切な制度運用とは言えません。

法的な観点からも、技能実習計画は、実習生の技能習得の目標や内容、期間などを具体的に定める必要があります。「工業包装」の実習計画の中に、将来的なドライバーとしての就労を前提とした運転技能の習得が含まれているとは考えにくく、そのような計画は適正とは認められない可能性が高いでしょう。

このような状況が放置されることの問題点

もしこのような技能実習制度の目的外利用が放置されれば、以下のような様々な問題が生じる可能性があります。

  • 技能実習制度の形骸化:制度本来の目的である国際協力としての技能移転が疎かにされ、単なる労働力確保の手段として利用されることで、制度の信頼性が損なわれる可能性があります。
  • 外国人労働者の権利侵害:技能実習生は、労働関係に関する日本の法令で保護されていますが、目的外の業務に従事させられることで、適切な労働条件が確保されない、あるいは十分な技能指導を受けられないといった権利侵害につながる可能性があります。
  • 道路交通の安全性の低下:十分な運転技能や日本の交通ルールに関する知識を持たない外国人がドライバーとして働くことで、交通事故のリスクが高まる可能性があります。特に、大型車両の運転においては、安全管理が非常に重要であり、安易な人材投入は危険を伴います。
  • 適正な事業者の不利益:法令を遵守し、正規の手続きを経て外国人ドライバーを受け入れようとしている事業者にとっては、不当な競争が生じる可能性があります。
  • 国際的な信用失墜:日本の外国人材受け入れ制度が、抜け道的な利用や目的外利用を許容していると国際的に認識されれば、日本の国際的な信用を損なう可能性があります。

改善に向けて取り組むべきこと:より健全な外国人材受け入れのために

このような状況を改善し、より健全な外国人材の受け入れを実現するためには、政府、企業、そして関係機関が連携し、以下のような対策に取り組む必要があります。

外国免許切り替えプロセスの簡略化・効率化

日本の運転免許制度における外国免許からの切り替え手続きを、安全性を確保しつつ、より簡略化し、効率化する必要があります。 例えば、一定の運転経験や技能を持つ外国人に対しては、試験の一部免除や手続きの迅速化を図るなどが考えられます。また、翻訳サービスの充実や多言語での情報提供なども重要です。

特定技能「運送」の受け入れ要件の見直し

特定技能「運送」の受け入れ要件について、現状の課題を踏まえ、より現実的かつ効果的なものに見直す必要があります。例えば、日本語能力の要件だけでなく、運転技能の評価方法についても、実務に即したより具体的な基準を設定することが求められます。また、海外での運転経験を適切に評価する仕組みを導入することも検討すべきでしょう。

技能実習制度の目的の再徹底と厳格な運用

技能実習制度は、あくまで技能移転を目的とした制度であることを改めて明確にし、その趣旨に沿った厳格な運用を徹底する必要があります。受け入れ企業や監理団体に対する指導・監督を強化し、目的外の利用や不適切な事例に対しては、厳正な措置を講じることが重要です。また、技能実習計画の審査においても、職種の関連性や技能習得の内容をより厳しくチェックする必要があります。

運送業界の労働環境改善

長期的な視点で見れば、運送業界の労働環境を改善し、日本人労働者にとって魅力的な職場にすることで、根本的な人手不足の解消を目指す必要があります。労働時間や休日、賃金などの労働条件を見直し、働きやすい環境を整備することが、外国人材への過度な依存を防ぐ上で不可欠です。

情報提供と啓発

企業や外国人に対して、技能実習制度と特定技能制度のそれぞれの目的や要件、適切な利用方法について、正確な情報を提供し、啓発活動を行う必要があります。制度の誤解や悪用を防ぐためには、透明性の高い情報公開が不可欠です。

2027年導入予定の「育成就労」制度とその影響

2027年には、技能実習制度に代わる新たな外国人材育成・就労制度として「育成就労」制度が導入される予定です。この新制度は、人材育成と労働力確保の両立を目指すものとされていますが、その詳細な内容はまだ検討段階にあります。

重要なのは、「育成就労」制度が、技能実習制度で指摘されてきたような目的外利用や、特定技能への安易な移行を助長するような仕組みにならないようにすることです。特に、運送分野における外国人材の育成という観点からは、免許取得支援のあり方や、育成期間中の待遇、そして特定技能へのスムーズな移行などが適切に設計される必要があります。

もし「育成就労」制度においても、職種の関連性が曖昧なまま、あるいは免許取得までの期間が十分に考慮されない場合、再び制度の抜け道を探る動きが出てくる可能性も否定できません。新制度の設計においては、技能実習制度の反省点を踏まえ、真に外国人材の育成と、日本の産業の発展に貢献できるような仕組みとすることが求められます。

結論

特定技能「運送」分野の新設は、日本の運送業界の人手不足解消に向けた重要な一歩です。しかし、その裏で、技能実習制度を抜け道として利用しようとする動きがあること、そして入国後の免許切り替え期間の制約といった課題は、制度の健全な発展を阻害する懸念材料と言わざるを得ません。

技能実習制度は国際協力のための制度であり、特定技能制度は労働力不足を補うための制度です。そして、2027年に導入予定の**「育成就労」制度**が、両制度の課題を踏まえ、真に人材育成と就労支援に資するものでなければなりません。それぞれの制度の目的を正しく理解し、適切に運用していくことが、外国人材の受け入れを持続可能なものとするために不可欠です。

政府、企業、そして関係機関が連携し、今回指摘されたような問題点を解消するための具体的な対策を講じることで、より健全で公正な外国人材受け入れの実現を目指すべきでしょう。安易な抜け道利用に目を瞑るのではなく、制度の趣旨に立ち返った真摯な取り組みが、今後の日本の外国人材受け入れの成否を左右すると言えるでしょう。また、入国後の免許切り替え期間の制約というリスクを考慮し、外国人労働者が安心して日本で活躍できる環境を整備することも、喫緊の課題と言えるでしょう。